【十二月大歌舞伎 第1部】「新版伊達の十役」乳母政岡に見る母親の強さと情愛

歌舞伎座で「十二月大歌舞伎」第1部を観ました。(2021・12・17)

三代猿之助四十八撰の内「新版伊達の十役」であるが、前半に「伊達の十役」の三幕目にあたる「伽羅先代萩」をコンパクトにまとめた芝居にし、後半は「獨道中五十三驛」の所作事「写書東驛路」を“伊達の十役”の世界に仕立て直した「間書東路不器用」として上演。端的に言えば、後半は残りの8役を大急ぎで見せるスピーディ「伊達の十役」である。

市川猿之助十役早替り相勤め申し候に眼目があるコロナ版「伊達の十役」だから、ストーリー云々を言ってもしょうがないので、前半の「伽羅先代萩」コンパクト版について少し書きたい。

猿之助演じる乳母政岡と、中車演じる栄御前のバトルが興味をひいた。御家横領を企む足利頼兼の叔父の大江鬼貫や執権仁木弾正ら悪人一味が鶴千代殺害を狙う。それを憂慮した政岡は自分が用意した食事しか口にしてはいけないと鶴千代を諭し、また子息の千松には若君の命を守るためには御膳に毒があっても食べるようにと言いつける。

幼い二人は空腹に耐えている。そこへ管領山名宗全の妻の栄御前が鶴千代の見舞いにやってくる。仁木弾正の妹である八汐も一緒である。見舞いの品として持参したのは菓子。これを鶴千代に勧める。この菓子には毒が入っているかもしれない…。

バトルはここから始まる。菓子に手を伸ばそうとする鶴千代を政岡が押し止める。栄御前は「毒が入っているとでもいうのか」と政岡に詰問する。なおも、菓子を勧める。

と、千松が走り出て、菓子を口にした上で、菓子箱を蹴散らす。なんと従順な子であることよ!母の政岡の言いつけである「若君の命を守れ」に忠実な行動!当然、菓子は毒だから、千松は俄かに苦しみだす。

その様子に周囲が驚く中、八汐は懐剣を抜いて千松の喉元に突き立てる。たとえ幼子でも、管領より賜った菓子を足蹴にした罪は許されない、というのが理屈だ。全ては御家を思う忠義のためと、懐剣で千松の喉元をえぐる。

一方、政岡は我が子が苦しみの声をあげる中、鶴千代をしっかり守護し、千松が殺される様子をじっと見つめるのであった。

だが、これが功を奏した。栄御前は政岡があまりに冷静なものだから、千松と鶴千代を入れ替えたと邪推したのだ。それによって、鬼貫や弾正が御家横領を企む一味の連判状を栄御前は政岡に預けてしまう。

そして、栄御前が立ち去ったあとに見せた政岡の本当の心。千松の亡骸を抱き、我が子のお陰で弾正一味の悪事の証拠を手に入れることができたと、千松を褒め讃える。と同時に、我が子を目前で殺された悔しさと悲しさに泣き叫ぶ。

主従を大切にした世であろうと、現代と同じ母親の情愛なのだと思った。

乳母政岡/松ヶ枝節之助/仁木弾正/絹川与右衛門/足利頼兼/三浦屋女房/土手の道哲/高尾太夫の霊/腰元累/細川勝元:市川猿之助 弾正妹八汐:坂東巳之助 政岡一子千松:市川右近 足利鶴千代:松本幸一郎 腰元松島:市川笑三郎 腰元沖の井:市川笑也 栄御前:市川中車 尼妙珍:市川猿弥 尼妙林:市川弘太郎 ねずみ:中村玉太郎 渡辺民部之助:市川門之助