【文楽鑑賞教室】「新版歌祭文」野崎村の段 養父・久作の親心、いかばかりか。

国立劇場小劇場で「文楽鑑賞教室」Aプログラムを観ました。(2021・12・17)

「新版歌祭文 野崎村の段」である。これはよく、久松をめぐる田舎育ちのおみつと都会の商家育ちのお染という対照的な二人の娘の恋のバトルとして捉えられるし、実際そうであるが、僕はあえて久松の養父である久作の実直な親心に注目した。

久松は元は武士の跡取りだったが、大切な刀が紛失したために家が断絶してしまった。幼かった久松は乳母の兄にあたる久作の養子に引き取られる。久作には、女房の連れ子(実子ではない)のおみつという娘がいて、ゆくゆくは久松と夫婦にするつもりだった。

ところが、大坂の油屋へ丁稚奉公に出た久松は、奉公先の娘・お染と許されぬ恋に堕ちる。さらに、店の金を盗んだ疑いをかけられ、実家に戻されることに。ここまでが、文楽が始まるまでの前提だ。

実家のある野崎村に戻ってきた久松だが、油屋の手代の小助と一緒だ。実は盗まれた金は小助が横領していたのだが、小助は罪を久松に押し付ける。そこを何も言わずに、久作が用立ててやり、小助に渡す。この太っ腹からして、親心だ。きっと犯人は久松ではないことくらい、久作にはわかっているはずだ。

そして、お染が久松の後を追いかけてきた。おみつは久松の恋人と思い込み、嫉妬して、言い争いになる。「おいおい、早くも夫婦喧嘩か」と笑っていた久作だが、これもお染を一目見て、これは何かあるのではないかと察した久作が心配したのではないかと思われる。

実際、久松は油屋を出るとき、「もうこれで関係は終わりにしよう」と、お染に手紙を残していった。お染には親が決めた結婚相手がいたのだ。しかし、お染はそんなことは構わない。一途に久松を愛する。「あなたと別れたら死ぬしかない」と剃刀まで取り出す始末で、その覚悟に久松は心を動かされ、添い遂げることを約束する。

この一部始終を陰で見て聞いていた久作の心配はいかばかりか。嫁ぎ先の決まった主人の家の娘をそそのかすのは恩知らずだ、人の道に反すると久作は久松を説得する。自分の娘のおみつと結婚させたいから、というのではなく、主人の娘であるお染と久松が一緒になるのは裏切り行為だと思うからだ。親心ゆえの発言だ。

二人を説得できたと安心した久作。そして、久松と祝言をあげるためにおみつを呼ぶと、綿帽子を脱がせると、おみつは髪を下ろして尼の姿になっていた!驚く久作。いや、久松やお染も驚いた。

おみつは、久松とお染が死ぬ覚悟でいることを察知して、自分が身を引けば二人の命は助かると考えたのだった。久作はじめ一同は、おみつを出家させてしまったことを悔やむ。その時の父親としての久作の心中を思うと心が痛む。

最終的にこの段では、お染の母のお勝が訪ねて来て、久松とお染を油屋に一緒に戻すと言う。世間体を配慮し、久松は駕籠で、お染とお勝は舟で大坂へ帰るが…。

実直な父親・久作の複雑な心境への思いがとても気になる幕切れだった。

中 竹本碩太夫/鶴澤友之助

前 豊竹希太夫/鶴澤清馗

後 豊竹睦太夫/竹澤宗助 ツレ/鶴澤燕二郎

娘おみつ:吉田勘彌 祭文売り:吉田蓑之 親久作:吉田文司 手代小助:吉田玉翔 丁稚久松:吉田玉勢 娘お染:吉田蓑一郎 下女およし:吉田和登 駕籠屋:吉田玉峻 駕籠屋:桐竹勘昇 母お勝:桐竹勘次郎 船頭:吉田玉彦