【文楽12月公演】「仮名手本忠臣蔵」塩谷判官の無念

国立劇場小劇場で「12月文楽公演」を観ました。(2021・12・13)

「仮名手本忠臣蔵」、四段目の「塩谷判官切腹の段」では、やはり塩谷判官の無念であろう。

殿中刃傷の段に遡ると、高師直が判官につらく当たるのに納得がいかない。少々遅刻はしたけれど、それ以外に非は無いはずだ。顔世御前からの手紙を師直に渡すと、その内容は新古今和歌集の古歌によせえて、師直の恋慕を拒絶するもの。若狭助に追従した鬱憤も加わり、屈辱にまみれた師直の憎悪の矛先が判官に向けられるのだから。

判官もバカではないから、冷静にやり過ごそうとしていたけれど、「鮒侍」とまで罵る師直に堪りかねる。殿中で刀を抜いて斬りつけることはご法度ということは分かっていた判官だろうが、もうこれは師直を斬り殺すしかないとまで覚悟したのだろうと思う。だが、物陰に控えていた本蔵に抱きかかえられ、その隙に逃れた師直を討ち損じてしまう悔しさはいかばかりか。

その悔しさが消えないままの、判官切腹の段である。上使から宣告された処分は、領地の没収と切腹という厳しいもの。周囲のものが動揺するなか、判官は覚悟していた。落ち着いている。

羽織の下に白小袖と無紋の裃という死装束。判官は、ただ師直を討ち損じたことだけが無念でならない、と怒りを露わにする。切腹の準備が粛々と調えられる。この切腹の場面、語りと演奏を中断して一連の動作を見せる“待ち合わせ”と呼ばれる無言の間を経て、重苦しい雰囲気が増していく。

あとは判官が全幅の信頼を置く、家老の大星由良助の到着を待つばかりだ。死に臨む判官は由良助に最後に対面したいと思う。その気持ちはよくわかる。だが、無用に時間を引き延ばすこともできない。

上使の二人が対照的だ。石堂右馬丞は判官に同情的で温厚。かといって、官僚として一線を踏み越えることはできない。一方、薬師寺次郎左衛門は師直と親しいだけに判官に対して辛く当たる。

もはやこれまで、と腹に刀を突き立てたその時、ついに由良助が駆け込んでくる。今わの際の判官は、この無念を晴らしてほしいと、腹切刀を形見として由良助に託して息絶える。主君の手から刀を取り上げた由良助は、押し戴いて涙を流す。「無念」が形となって現れているのがいい。そう、判官の無念を由良助が自分たち家来の無念として引き継いだのだ。

この後の、城明渡しの段で塩谷家中は閉門になった屋敷から立ち去る。門から出てきた由良助は形見の刀を手にして、主君の無念を晴らす決意を固め、先祖代々仕えた御家の屋敷を深い思いとともに振り返る。ここも無言劇で、印象に残る。

塩谷判官切腹の段 竹本織太夫/鶴澤燕三

城明渡しの段 竹本碩太夫/鶴澤清允

塩谷判官:吉田蓑二郎 石堂右馬丞:吉田玉輝 薬師寺次郎左衛門:吉田文哉 大星力弥:吉田蓑太郎 大星由良助:吉田玉志 顔世御前:桐竹紋吉