【プロフェッショナル スタイリスト・大草直子】泣いて、笑って、おしゃれして(中)
NHK総合の録画で「プロフェッショナル 仕事の流儀 スタイリスト・大草直子」を観ました。(2021年11月16日放送)
きのうのつづき
大草にも作り笑顔しかできない時代があった。3人姉妹の長女として東京で生まれ育った。小学校は国立の名門校に入学。でも、「ずっとつらかった。みんな頭が良くて、みんないいおうちの子でみたいな。なんかその中で自分の良さみたいなものが一向に見つけられないっていう」。登校拒否もあった。
ずっと自信が持てない日々。でも、文章を書くのは好きだった。大学を卒業後、出版社に入社。ファッション誌の編集者になった。そこでおしゃれを学び、工夫次第で素敵に見せられる術を知った。
5年後、自分の名前で仕事がしたいとフリーランスに転向。結婚し、娘にも恵まれたが、すれ違いからすぐに離婚。どんな小さな仕事でもガムシャラにやった。芽が出るまでに8年かかった。
女性たちの悩みに寄り添うおしゃれで次第に支持を得ていく。再婚もし、雑誌で特集も組めるようになった頃、次女を出産。やっと手にしたポジションを奪われまいと、産後2週間で復帰した。
最大の転機が訪れたのは、40歳のとき。新しく創刊する雑誌のファイルディレクターに抜擢された。ここが私のキャリアの勝負所と意気込んだ。そして大きな決断をする。夫に専業主夫になってもらい、自分は仕事に専念する。
大草が振り返る。
失敗は絶対ダメっていう。家のローンから教育費から食費から、全てを自分で責任を持つ。それはさすがにやっぱりちょっとプレッシャーにはすごく思ったけれども、でも決めた以上は。
絶対に失敗は許されない、やり遂げてみせると心に決めた。取り組むのは高級志向の雑誌。ターゲットは独身女性と、大草とは全く違う生き方だった。それでも奮闘し、やっと創刊号の表紙が出来上がったときだった。
上司の男性が表紙の女性を見ながら、何気なく言った。「女として生まれたからには、こう生まれたかったでしょ?」。
大草が語る。
彼からすると、私は可哀想で、この人にはなれないから。なんかこう、みじめな人っていうふうに、裏を返せばそういうことじゃないですか。
女優のような外見こそ女性の理想の姿。思ってもみなかった指針を突き付けられ、愕然とした。
雑誌が発売されると、読者からは辛辣なコメントが寄せられた。「大草さんのディレクションを楽しみにしていました。結果から言うと、残念です」。これまでの等身大のおしゃれとはかけ離れた女性像を作ることに耐えられなくなっていた。
大草は振り返る。
ちょっと自分を否定されているような気持ちにどうしてもなっちゃうんだよね。やってもやってもつらいっていう。しんどい、しんどいっていう。
悩んだ挙句、2年で見切りをつけ、雑誌から離れた。
自分の良さは何か。ファッションを通して伝えたかったのは、何だったのか。自問自答を繰り返した。
翌年、大草はウェブで新しいメディアを立ち上げた。「mi-mallet 明日の私へ、小さな一歩!」。掲げたテーマがあった。「あなたはあなたのままでいい」。どんな体形や年齢の人もその人らしくあればいい。そのメッセージには多くの女性たちから共感が集まった。「すごく気が楽になりました」「生きやすくなりました」。
大草が言う。
今の自分がどういうものなのか。今の自分のどこを認めてあげられるのか。誰にならなくていいんだって。自分でいいんだ。自分がいいんだ、って。
つづく