弁財亭和泉「八月下旬」(柳家喬太郎作)人生の哀愁を感じる作品を見事に演じる
国立演芸場で「和泉の新作コレクション2021秋」を観ました。(2021・11・18)
弁財亭和泉師匠が「八月下旬」を演じた。柳家喬太郎師匠の作品である。二ツ目時代から演りたいと思っていたが、このコロナ禍でのびのびになってしまい、ようやく演じることができるようになったということだ。SWAのメンバーでは、三遊亭白鳥師匠の作品を「落語の仮面」はじめ多く手掛け、林家彦いち師匠の作品「保母さんの逆襲」も持っている。そして、いよいよ柳家喬太郎作品へ。一歩ずつ、新作落語家として前進している和泉師匠が頼もしい。
喬太郎作品は妙齢の女性の心の機微を描いているものも多いから、和泉師匠にはぴったりだと思う。この「八月下旬」もそうだ。主人公の小学五年生が独りで横浜のおじいちゃんの家に行く電車の中で、二人の女性と出会う。お母さんに「夏休みの思い出を宿題として出さなきゃいけないんだから、良い経験になるわよ」と言われて送り出された主人公にとっては、それはそれは大きな人生経験だったと思う。
一人目は夢を追って頑張ってきたけれども、そんなに簡単なものではなく、人生の厳しさをちょっと斜めから見るようになってしまった女性。そうだ、小学生のときは何の不安も絶望もなく、将来の夢いっぱいに毎日を過ごしていたよなあ。それとは対照的な女性と話すのも良い経験になったのかもしれない。
二人目は恋に破れて、別れた男性のことを思いながらも、諦めなきゃいけない、諦めようとして傷心している女性。小学校のときって、好きな女の子と何の複雑な感情もなく仲良く遊んでいたよなあ。恋愛というものを意識するようになるのは、中学生からだった。そんな未知の世界の入り口に触れるのも良い経験だったと思う。
おじいちゃんの家の最寄駅に迎えに来てくれたのは、父親。その父親が小学校時代の担任の先生に30年後に出した「夏休みの思い出」という作文は、大人になるまでのいろんな経験や思いをいっぱい詰めた内容だったのだろう。元担任は言った。「夏休みの思い出」としては0点だけど、この作文は満点よ。
きっとこの父親も30年間でいろんな辛いこと、悲しいこと、うまくいかないことを経験してきたのだろう。だけど、それと同時に、楽しいことや嬉しいことや、幸せなこともあったのだと思う。それが人生。
人生は後戻りができない。あのとき、こういう選択をしていれば良かったとか、なんであんな行動に出てしまったのだろう、と後悔しても仕方がない。ただ、前を向いて歩くことが正解なのだろう。
喬太郎師匠の作品を和泉師匠が演じることで、また一味違った人生の哀愁を感じることができた。ありがとうございます。