【落語一之輔三昼夜】春風亭一之輔「淀五郎」芸論にもなっている素晴らしい高座に拍手喝采

よみうり大手町ホールで「落語一之輔三昼夜」千秋楽夜の部を観ました。(2021・11・17)

春風亭一之輔師匠のネタおろし、「淀五郎」が素晴らしかった。芝居噺を得意とする師匠・一朝のさすが弟子だなあ、と思うと同時に、その一朝師匠を尊敬し、目標にし、芸に精進する一之輔師匠の思いがこの高座に現れているような気がした。

判官役の急な休演により、抜擢された淀五郎の気持ちの揺れ動きがよく表現されていると思った。相中、相中上分を通り越していきなりの名題抜擢。皮肉團蔵が認めたことによっての昇進だから、さぞや淀五郎は喜んだことだろう。

だが、実際に四段目の判官切腹を自分なりに一生懸命演じても、大星由良之助役の團蔵は花道の七三から動かず、本舞台へ上がってきてくれない。なぜだろう?こういう型があるのか?戸惑う淀五郎。

團蔵は言う。淀五郎が腹を切っているところなんかに近寄れない。どうやったら、近寄ってくれるか?本当に腹を切ればいいんだよ。淀五郎の戸惑いは深まるばかりだ。

生涯なれないと思っていた名題に抜擢された喜びを隠せない淀五郎。藩の家来たちに済まないという思い、そしてなぜ高師直はお咎めがなく、自分ばかりがこんな目に遭うんだという悔しさ。判官の苦渋が、淀五郎には表現できていなかったのであろう。淀五郎自身は演じているつもりでも、客観的には判官の苦渋は出ていない芝居だったのだと思う。

淀五郎は堺屋、仲蔵のところに暇乞いに行く。そこで、仲蔵は判官の一件を察し、助言をする。それは実に的確なものだった。「淀さん、お前は師匠の判官は観たことがあるかい?」「いいえ」。これがまず一義的にいけない。芝居を勉強していないことが顕われている。

助言の第一は了見だ。五万三千石の大大名が切腹を命じられ、御家は断絶になる。その辛さ、悔しさ、儚さを思いなさい。それが一番大事なアドバイスだったような気がする。

仲蔵は良い人だ。それに加えてテクニック的なことを授ける。耳の下に青黛を塗っておいて、由良之助が花道に現れたとき、観客が花道に注目したときに、そっとその青黛を唇に塗りなさい。そして、「寒い」という気持ちになりなさい。そうすれば、判官の辛さが表情に現れる。

そのほか、左手の置き方、九寸五分の持ち方なども子細に指導する。仲蔵の優しさが沁みるように伝わってくる。「これで駄目なら、また訊きにきなさい」。

翌日の淀五郎の判官を見て、團蔵は思う。「できた!・・・これは仲蔵だな」。團蔵演じる由良之助が本舞台の淀五郎に近づいたときの、感激。待ちかねたあ。

この噺は芸論としても実に興味深い高座である。それをしっかりと演じた一之輔師匠に拍手を贈りたい。