白鵬は誰が何と言おうと、大横綱だった(3)

NHK総合テレビの録画で「NHKスペシャル 横綱白鵬“孤独”の14年」を観ました。

きのうのつづき

2021年3月。白鵬は相撲人生最後の手術、右膝の手術に踏み切る。名古屋場所まで4カ月。賭けだった。6日後からリハビリがはじまった。このとき、横綱はただ一人。これ以上、休場は許されない状況だ。

白鵬の14年間は一人横綱の重責と向き合い続けた日々でもあった。2010年に朝青龍が引退して一人横綱になった。そこに、前代未聞の野球賭博事件。幕内力士や親方など20人以上が解雇や謹慎処分になった。角界の顔として矢面に立たされたのは白鵬だ。

全国の相撲ファンの皆さまに心よりお詫び申し上げます。

2010年、名古屋場所千秋楽。全勝優勝を果たした白鵬の土俵に、白鵬コールが起きた。ファンは白鵬に希望を託したのだった。

「横綱として、力士代表として、改めて頑張ります」。

63連勝を達成したのはこのときだ。

翌年、再び相撲界に激震が走る。現役力士による八百長の発覚。3月場所は中止となった。白鵬も横綱として対応を迫られた。

「力士一人一人が認識を持って、私自身も皆を引っ張っていけるような気持ちで頑張ると伝えました」。

のしかかる一人横綱の重責。当時の心境を白鵬が語る。

なんで私だけなのかなと思ったことも実際ありました。本場所が怖い。嫌。人の多い所が嫌。相撲を取るのが怖いという気持ちもあったし、できたら、どこかへ行ってしまいたい、逃げたいという気持ちはありました。

本場所再開。世間の目は厳しく、客足は遠のいた。

北の富士勝昭さんは語る。

中止になったりということは俺も初めてだから、このまま大相撲が無くなっちゃうんじゃないか、そういう危機感は持っていた。あのとき、白鵬がいなかったら、現在がどうなっているかわからない。

白鵬はそれから4年間、一日も休むことなく、土俵に立ち続けた。

つづく