神田織音「塩原多助一代記」(2)数奇な運命、ふたりの角右衛門
上野広小路亭で「講談協会定席」を観ました。(2021・10・28)
神田織音先生が二日間にわたって「塩原多助一代記」を読んだ。この日は、前日の序開きに続く「ふたりの角右衛門」だった。
岸田右内は8年前の角右衛門への償いをしたいということで頭がいっぱいである。仕官の口の支度金50両を融通してあげたい。そんなときに、右内が目にしたものは、ある百姓のたんまりと入った胴巻きの財布だった。田畑の取引に使うと言っていたから、50両は優に超えるであろう。
右内はもう必死である。その百姓に近づき、懇願する。「お願いです。50両、お貸しください。私の主人を思ってのことなんです。来年3月にはまとまった金が入ります。そのときまで、お貸しください!」。
しかし、百姓は突然現れた旅商人にビックリし、「ゴマの蠅!人殺し!泥棒!」と叫ぶばかりだ。右内は必死だから、脇差を持って、百姓にすがる。これはどう見ても、追い剥ぎである。いくら「忠義のため」と言っても、信じてくれるわけがない。馬乗りになって、せがむ右内。
そのとき、この様子を遠くからみていた一人の狩人がいた。鉄砲を構えて、追い剥ぎと思われる右内を一撃した。命中。右内は死んでしまった。その狩人こそ、塩原角右衛門だ。そして、近寄ってみると、その追い剥ぎは右内ではないか。なんということか。
百姓が「助かりました」と礼を言うと、角右衛門は「心得違いをしていました」と言う。事情を話す、角右衛門。「私の妻が無心したばかりに・・・」。亡骸は小川村に運び、菩提を弔った。
不思議な縁があった。その襲われた百姓の名前も塩原角右衛門。これは何かの因縁かもしれない。右内が犬死ににならぬよう、「私が50両、お貸ししましょう。そして、江戸へ出て、仕官してください」。百姓の角右衛門の優しさよ。
「その50両の御礼を何かしなければなりません」。血筋を辿ると、同じところに行きつく二人の角右衛門。息子の多助8歳を「50両で売ってくんなんしょ」。百姓の角右衛門には子どもがいなかった。跡目相続になる。300石の百姓・角右衛門に多助は引き取られた。
切れていた縁が繋がり、親類固めの盃を交わす。さあ、この後、塩原多助は一体どんな運命を辿るのでしょうか、というところで読み終えた。
三遊亭圓朝の作品は壮大なドラマが多いが、「塩原多助一代記」もその一つある、きちんと連続物で読んでいくと10話を超える噺になるのではないか。それをまた、講談に移植されているのも素晴らしい。織音先生には是非とも、連続物として読み続けてほしいと思った。