【十月大歌舞伎 第3部】「松竹梅湯島掛額」

歌舞伎座で「十月大歌舞伎」第三部を観ました。(2021・10・25)

「松竹梅湯島掛額」は、喜劇的な「吉祥院お土砂の場」と悲劇的な「四ツ木戸火の見櫓の場」に分かれる。

前半では、お七の吉三郎への一方的な恋心を中心に展開した。かねてから心を寄せている吉祥院の小姓吉三郎と夫婦になりたいという。だが、吉三郎にその気はなかった。若党十内が「吉三郎がお七にうつつをぬかしている」と思い、諫めると、知り合いにはなったが、大望のある身なので軽はずみなことはしていないと誓う。吉三郎は実は武家の子息で、紛失した御家の重宝「天国の短刀」の行方を探しているであった。

一方、お七は欄間の天人に生き写しと評判で、範頼公が愛妾に望んでいると家来の長沼六郎が訪ねてくるくらいだ。お七はここにいないと、吉祥院にいる仲間たちは嘘を言って応対するが、隠しきれなくなった。

ここで活躍するのが、皆の人気者、紅屋長兵衛だ。幼い頃からお七を可愛がり、「紅長さん」という仇名を持つ好人物の計らいで、お七を詮議から逃すために、欄間の天人と入れ替えて隠した。六郎は欄間のお七を天人の彫り物と信じ込んで去ってしまう。この場面、面白い。

もう一つ、吉祥院で面白いのは、「振りかければ人の体も心も柔らかくなるお土砂」の存在だ。紅長さんは、これでもって六郎たちを退散させ、すっかり面白くなって、仲間皆に振りかけて、全員がふにゃふにゃと倒れ込んでしまう。ストーリーとは直接関係ないけれど、芝居の裏方や歌舞伎座の従業員まで巻き込んでしまう演出が可笑しい。

で、一旦幕が閉まって「火の見櫓」である。人形浄瑠璃「伊達娘恋緋鹿子」を取り込んだ、お七を演じる尾上右近の「人形振り」が恋に一途なお七の激情を表現している。

吉三郎の危急を救うため、お七が刑罰を受けるのを覚悟で櫓の太鼓を打つ「櫓のお七」。降りしきる雪の中、吉三郎に会いたい一心で櫓に駆け上り、撥を手に太鼓を打ち鳴らす。これをきっかけに、木戸はたちまち開かれる。

吉三郎の探している「天国の短刀」を首尾よくお杉から受け取ったお七は、吉三郎の元へと駆け出していく。ここまで燃え上がる恋の炎は誰にも消せないだろう。

紅屋長兵衛:尾上菊五郎 八百屋お七:尾上右近 小姓吉三郎:中村隼人 丁稚長太:寺島真秀 下女お杉:中村梅花 長沼六郎:片岡亀蔵 釜屋武兵衛:河原崎権十郎 月和上人:市川團蔵 母おたけ:中村魁春