【名人戦 森内俊之vs羽生善治】最強の二人、宿命の対決(5)
NHK総合の録画で「プロフェッショナル 仕事の流儀 森内俊之vs羽生善治」を観ました。(2008年7月15日放送)
きのうのつづき
羽生が次にカメラの前に姿を現したのは、名人戦第六局のある山形県天童市。
3勝2敗で名人戦に王手をかけている羽生。だが、表情は硬い。
羽生が語る。
プレッシャーは最後の方はやっぱりありましたね。いつも通りに対局できたらいいなとは思ってましたけど、なかなかそれは簡単なことではなかったですね。平常心でいようと思うこと自体、すでに平常心ではないんですよ。
一方の森内。対局の前にフラッと報道陣の前に現れた。名人戦中、初めてのことだった。森内の表情は吹っ切れていた。
第一局から2か月余り。いよいよ大詰めを迎えた。数々の栄光そして敗北を重ねてきた二人。最高の舞台で互いのすべてをぶつけ合う。
先手の羽生。ゆっくりと目を閉じた。いつも同じ言葉を思い浮かべる。「玲瓏」。透き通り、曇りのない様。平常心で盤面に向かうよう、自らを戒める。
後手の森内。羽生への劣等感を振り払い、自分の将棋を追求してきた。森内が辿り着いた一つの境地。「無心」。
森内が語る。
若い頃、理詰めで正しいことを追求してきたということもありますので、そういうことが大事だと思っていましたし、勿論、今も大事だということに変わりはないんですけど、自分の心から湧き上がってくるものに素直にやった方が多分、楽しいというか、自分の能力が発揮しやすい。
森内が指したのは常識破りで危険な一手。自分の駒を損してまでも飛車を下げて、羽生の攻めを誘う大胆な手だ。
負ければ終わりの瀬戸際の一局。そこでなお、森内はこれまで以上に挑戦的な手を指した。羽生の表情が変わった。
羽生が振り返る。
素直にすごいなと思ったんですね。なかなか飛車は退けないですよ。やっぱり、あの局面では。
一進一退の攻防が続く。森内が羽生の懐深く打ち込んだ。羽生がそれを渾身の一手で返す。27年、命を削るように向き合ってきた二人。
羽生が言う。
一人で走ってたら、今、同じペースで走れたかという問題はあるんですね。皆で走るからこそ、今の自分がある。
対局開始から16時間。羽生は小さく頷いた。
89手目。5三桂成。飛車を捨て、最短で勝ちを決めにいった。
森内はじっと目を閉じた。
「負けました」
2カ月半におよぶ二人の戦いは終わった。
翌朝。宿には敗れた森内の姿はなかった。すでに始発で山形を後にしていた。名人になった羽生は祝福を浴びる。果てなき戦いの日々はこれからも続く。
名人戦から3週間。羽生は勢いに乗り、さらに2つのタイトル戦に挑んでいる。一方の森内は無冠からの再スタートを切った。
森内にとってプロフェッショナルとは?
高い専門性があることは勿論なんですけど、それと同時に新しいことへの挑戦を続ける。今の自分に満足しないで、自分を高め続けていけるというか、そういうことですね
羽生にとってプロフェッショナルとは?
24時間、365日プロであり続けることだと思います。つまりなんか、そういうことをプロであるということを、意識の片隅に置き続けているっていう感じですかね
新しいことへの挑戦。今の自分に満足しない。24時間、365日、プロであり続ける。意識の片隅にプロ意識を置き続ける。
13年前の宿命のライバルの対決のドラマから見えてきたものは、常に前に進み続ける大切さだと感じた。
羽生さん、森内さん、ありがとうございました。