【国立劇場10月歌舞伎公演 伊勢音頭恋寝刃】名刀は妖刀。青江下坂をめぐり騙し騙され人間模様。

国立劇場大劇場で「令和3年10月歌舞伎公演 通し狂言 伊勢音頭恋寝刃」を観ました。(2021・10・12)

名刀の青江下坂をめぐる、騙し騙されの人間模様。その中で実直な男である福岡貢が、その騙し合いの中に巻き込まれながらも、忠実に任務を遂行し、名刀を将軍家に献上する物語だ。

謀反を企てる蜂須賀大学の手下たち、悪党一味が何とか貢の任務をあの手この手で邪魔して、青江下坂を奪おうとする戦略にハラハラするが、最終的にうまくいかないのが痛快だ。

遊郭油屋でのあれやこれやは観ているものを惹き付ける。まず、仲居万野の意地悪さだ。この万野はただの仲居ではなく、悪党一味の徳島岩次とつながっているのが面白い。ようやく青江下坂を入手することができた貢が恋仲のお紺に会いに来ると「今は出かけていないが、店で待っていればいい」と案内する。その際、廓の定めだからと、腰の刀を預けるように言う。躊躇する貢だが、料理人の喜助が「私が預かる」と進言し、預けることになる。

実は、ここも面白いのだが、喜助は貢側の人間なのだ。自分の親が貢の実家の旧臣だったという関係で、忠義心がある。だが、敵もさるもの。そのことを聞いていた岩次が刀の中身を自分の刀と入れ替えてしまう。おお、騙し合い。

万野に戻ろう。この女の意地悪は徹底している。店に入るなら相手をする女を指名しろと貢に言う。いい仲のお紺がいないなら、誰でもいい貢にあてがわれたのは、お鹿という不細工な遊女。それならまだしも、お鹿は貢にぞっこんで、貢に頼まれて金を工面したと偽の手紙を差し出すのだ。

そこに出てきたお紺にその嘘を言いつける万野の意地悪さと言ったら!口汚く罵り、貢に満座の恥をかかせる。貢は怒りに震えるが、そこを耐え忍ぶのが偉いところだ。そして、当然、お紺は愛想尽かしする。

だが、この「愛想尽かし」が演技だったことが、この物語を面白くする。お紺は万野の魂胆を見抜いていて、心の中では貢を信じていたのだ。それは作戦だった。悪党の一味の藍玉屋北六がお紺に惚れていて、そこを付け目に北六の懐にあった袱紗包みをまんまと手に入れる。他の女からの起請文ではないか、と嫉妬したふりをして。

これが実は、奪われていた青江下坂の折紙だったのだ。また、喜助の機転で貢が店を一旦出るときには岩次の刀を持って行かせる。中身は岩次が入れ替えた青江下坂。これで、名刀と折紙の両方が揃ったというわけで、万野、岩次、北六の悪党グループをまんまと出し抜いてやったことになる。

話が横に逸れるが、この狂言を観ていていつも思うのが、今田万次郎の情けなさだ。一旦は青江下坂と折紙を入手しており、これをそのまま将軍家に献上していれば何の問題もなかったわけだが、根っからの遊び好き。廓遊びにうつつを抜かし、放蕩三昧。支払いに窮して、青江下坂を質に入れ、それから行方知らずになってしまったのだから。そんなことをしなければ、福岡貢が藤浪左膳の命を受けて刀の詮議に奔走することはなかった。万次郎は何をやってんだか。

で、ようやく苦労して手にした青江下坂だが、これが名刀であると同時に妖刀だった。貢にはそんなつもりはないのに、刀の妖力で万野、北六、お鹿、岩次と次々と斬り殺して物語は終わる。妖刀、おそるべし。だけど、悪党を斬ったわけだから、めでたし、めでたしか。ただ、お鹿だけは可哀想なことをした。

福岡貢:中村梅玉 藤浪左膳・料理人喜助:中村又五郎 仲居万野:中村時蔵 今田万次郎:中村扇雀 油屋抱えお紺:中村梅枝 油屋抱えお鹿:中村歌昇 油屋抱えお岸:中村莟玉 奴林平:中村萬太郎 徳島岩次:坂東秀調 藍玉屋北六:片岡市蔵