【名人戦 森内俊之vs羽生善治】最強の二人、宿命の対決(1)

NHK総合の録画で「プロフェッショナル 仕事の流儀 森内俊之vs羽生善治」を観ました。(2008年7月15日放送)

日本の将棋対局の中で最も長い伝統を誇る「名人戦」。中でも、2008年の対局は歴史に残る名勝負と言われている。永世名人の資格を有する森内俊之さんに挑んだのは、将棋界のスーパースター・羽生善治さん。2人は同い年で同期。20年以上にわたり、ともに戦ってきた「宿命のライバル」である。藤井聡太さんが破竹の勢いを見せる現在から13年ほどタイムスリップして、勝負師たちのドラマの醍醐味を知るために、ここに番組の記録を残したい。(以下、敬称略)

4月8日。遅咲きの桜が咲く東京は雨だった。この日、将棋界で最も伝統のあるタイトル、名人をかけて宿命のライバルと呼ばれる二人の戦いがはじまろうとしていた。

最初に現れたのは4期連続で名人の座を守る森内俊之(37)。そして2分後、挑戦者の羽生善治が登場。二人は小学生のときから27年にわたり、しのぎを削ってきた。森内は4年前、羽生から名人位を奪った。奪還に燃える羽生は並々ならぬ覚悟で臨む。

先手後手を決める振り駒で森内の先手が決まった。3カ月にわたる名人戦7番勝負。最強の二人の生きざまが一尺四方の盤上で、今、ぶつかり合う。互いに手の内を知り尽くした究極の攻防戦。決断。逆転。究極のしのぎ合い。世紀の大舞台で繰り広げられた男たちのドラマの幕が開いた。

昨年、森内は通算5期の名人位を獲得。永世名人の資格を得た。名人戦が実力制になって70年の歴史の中で僅か5人しか手にしていない称号だ。一方、羽生は森内より先に名人位を4期獲得。しかし、あと1期が遠い道のりになっていた。

第一局はゆっくりとしたペースではじまった。名人戦は最も過酷なタイトル戦といわれる。対局は2日間におよび、持久力、精神力が問われる。

序盤、主導権を握ったのは先手、森内。しかし、44手目、羽生が驚くべき手に出た。一手損する手をあえて指し、まもなく森内の攻めを鮮やかに封じた。ここに天才と呼ばれる羽生の強さの秘密がある。常識破りの「閃き」だ。

羽生が語る。

今まである定跡が絶対とは思わない方がいい。信じ切っている状態だと、アイデアって浮かばなくて、寧ろ全部忘れ去って考えた方が浮かんでくることの方があると思う。

流れが羽生に傾きはじめた。森内はじっと耐え続ける。次第に優勢なはずの羽生が落ち着きを失いはじめた。そして、58手目。信じられない手を指した。8六飛車。明らかに勝負を急いだ一手だ。見守る棋士たちから驚きの声があがった。

羽生にこの一手を指させたことこそ、森内の強さの真骨頂だ。重厚な「受け」。森内は羽生と比べ、読みの早さや瞬時の判断力は遅い。しかし、どっしりと相手の攻めを受け止め、緻密な読みをめぐらせて、じわじわと揺さぶる。

森内が語る。

技術的に圧倒できるものがある人は、それを出していけばいいと思うんですけど、自分はそういうものがあまりありませんので、気持ちをキープしていくってことがすごく大事じゃないかなと思っています。

この森内の重厚な思考が羽生の将棋を狂わせた。一気に森内が攻めに転じる。対局開始から19時間。羽生を追い込んだ。

「負けました」

第一局は名人・森内が勝利を手にした。

つづく