【プロフェッショナル 漫画家・浦沢直樹】心のままに、荒野を行け(1)
NHK総合の録画で「プロフェッショナル 仕事の流儀 漫画家・浦沢直樹」を観ました。(2007年1月18日放送)
柔道漫画「YAWARA」、ハリウッドで映画化されたサイコサスペンス「MONSTER」、「20世紀少年」、「PLUTO」など大ヒット作を次々と生み出す漫画家の浦沢直樹さん。コミックスの発行部数は1億2千万を超え、国際的な人気を博す漫画界のスーパースターだ。手塚治虫文化賞大賞には2回も輝いた。その魅力的な作品を生み出す創作現場に長期密着したドキュメンタリーがこの番組だ。ヒットを生み出すために苦悶する姿に感銘を受けた。記録したい。(以下、敬称略)
目黒にある仕事場は連載漫画の締め切りが迫り、最後の追い込みに入っていた。連載2本、月5回の締め切り。背景などを描くアシスタントが5人いる。BGMにはボブ・ディランが流れている。1日10時間以上、机に向かう。デビュー当時から使っているペンで全ての線を描き分ける。
ペンを入れるときに、もっともこだわるのは人物の表情だ。「20世紀少年」。重要な人物の死に直面した主人公の表情。浦沢は言う。「悲しいのか、ホッとしているのか、つらいのか、なんだかわからない顔。人間、そんなに単純じゃない」。単純な表現を嫌う。常に人間の複雑さを物語にこめてきた。
代表作のサイコサスペンス漫画「MONSTER」。登場するのは心に巨大な闇を抱えた少年。人間の持つ二面性を正面から描いた。
テニス漫画「HAPPY!」。スポーツ漫画に嫉妬やねたみなどネガティブな感情のドラマを盛り込んだ。
漫画らしいシンプルなタッチで、人間の心の複雑さに迫る。浦沢漫画が幅広く支持を得る理由のひとつだ。
仕事のスパンは連載1話につき、およそ一週間。この日はブレーンとの打ち合わせだ。20年来のコンビを組んでいる編集者であり、漫画原作者である長崎尚志。浦沢作品のほとんどに関わってきた。浦沢漫画のユニークなストーリーは二人が独自に粗筋を考え、それをぶつけ合うことから始まる。
ストーリーが決まると、浦沢にとって最も苦しい時間がはじまる。独り仕事場に籠り、好きなロックも流さない。コマ割りを考え、大まかな絵とセリフを描きこむ。ネームと呼ばれる作業だ。
コマの配置、絵のアングル、セリフの割り振り。ネームは漫画家の創造性がもっとも問われる作業だ。
この日、作業していたのは「鉄腕アトム」のリメークに挑んだ最新作「PLUTO」。丸一日で4ページしか進んでいない。
浦沢が語る。
空前絶後の大傑作なんですよ。一番最初にこの話を思いついたときに頭の中にあるのは。徐々に打ち合わせを重ねていくうちに、固めていくうちに、若干小さくなっていくんだね。それを小さくさせない努力をするという。
自分の中にある高いハードル。それを越えるまで、浦沢は独り、もがき続ける。ネームが完成すると、ブレーンの長崎の元へファックスですぐに送る。
翌日。アシスタントたちがやってきた。5日で24ページの原稿を描き上げる。仕上げのペン入れだ。
3日目の夜。あるシーンで浦沢の手が止まった。自分の過去から逃げ続けてきた男が真実と向き合おうと決意を固め歩み始めるシーン。今回のクライマックスだ。浦沢はその男の足の運びをどう描くか、決めかねていた。「決意をこめた歩き方はどちらの方が正しいのかを悩んでいる」。考えた末、浦沢が選んだのは足全体を前に出す表現だった。
残り30時間というところで、原稿の一部を修正してほしいと長崎から連絡があった。修正を受け入れた。ここ20年、メガヒットを続けてきた秘密がある。すべては漫画のために。
浦沢が語る。
自分の力の100%というのは、たかだか自分の中だけだから、自分の中で止まっちゃう気がするんですよ。自分もビックリしたいから、スゲー!というものになるために、皆、力を貸してくれという気がするんですね。
長崎が言う。
俺が考えなきゃ駄目だという人もいるんですけど、あの人にはそれがないんですよ。創作の神様の前で素直な人ですね。創作に神様がもしもしたら、それに対しても素直な人なんです。
夜10時、編集者が原稿を受け取りに来た。まだ完成していない。最後の仕上げが急ピッチで進む。1時間後、24ページの原稿を描き上げた。
つづく