【人形浄瑠璃文楽 九月公演】「伊賀越道中双六」仇討が招く親子の悲劇の周辺に展開するドラマに注目

国立劇場小劇場で「人形浄瑠璃文楽 九月公演」第三部を観ました。(2021・09・16)

日本三大仇討の一つとされる「伊賀越道中双六」だが、「沼津の段」に続いて「伏見北国屋の段」が上演されるのは珍しいのではないか。この伏見北国があることで、ストーリーに厚みが加わり、大変興味深く観劇することができた。

このストーリーの重要人物は呉服屋十兵衛だと思った。仇討するのは和田志津馬であり、助太刀するのは唐木政右衛門であり、敵は沢井股五郎なのであるが、この展開の中でどちらにも義理のある十兵衛がキーを握っている。そして、共感できる人物である。

平作とお米の父娘の家で休息することになった十兵衛だが、二人の話を聞いているうちに、自分は2歳の時に鎌倉へ養子に出された平作の息子であることを確信する。そして、苦しい暮らしをしている二人を助けたいと思う。だが、平作の話しぶりだと息子と名乗って金を受け取りそうにない。また、お米を嫁にしたいので支度金をと言うと、お米には夫があるという。

その夫こそ、和田志津馬であり、十兵衛が義理のある股五郎を敵と狙っている人物だ。お米が傾城瀬川だったころに身請けされた結婚だった。何とか、石塔の寄進に使ってくれと幾ばくかの金を託し、出立する十兵衛。だが、金包みとともに残していった印籠は股五郎のものと判り、守り袋の書付で十兵衛は自分の息子だと知る。

慌てて十兵衛の後を追う平作。そして、お米も志津馬の家来の孫八とともに後を追う。平作が十兵衛に追いつくと、金を返す代わりに印籠の持ち主、すなわち股五郎の行方を教えてほしいと懇願する。だが、十兵衛は義理から答えられない。すると、平作は自分の命を捧げるから、冥途の土産に教えてほしいと脇差を腹に突き立てる。もう、これは十兵衛、困った。

最初で最後の親孝行だという思いから、十兵衛は観念して股五郎の行方をお米たちにも聞こえるように大声で伝える。そして、自分は平作の実の息子であることも明かす。程なく、平作は息を引き取るが、それまでの短い間に唱える「なむあみだぶ」という念仏が実にもの悲しく、感動を誘う。

この後が、伏見北国屋の段。ここで重要な役割を果たすのが、志津馬の家来の孫八だ。志津馬と瀬川(お米)が滞在している宿屋の部屋の隣りに泊まっている人物が怪しいと、孫八は按摩になって探りを入れる。それは正しく、股五郎の伯父の桜田林左衛門だった。

と同時に林左衛門も抜け目なく、志津馬の元に来た政右衛門からの兵庫へ向かうとの手紙を盗み聞きする。スパイ合戦である。ここで、単純に志津馬を討つと政右衛門に居場所を知られてしまうと考えた林左衛門は、出入りの医者の竹中贅宅に金を渡し、志津馬の目を失明するように毒薬を盛るように頼む。

毒薬を盛られ苦しむ志津馬。してやったりと、林左衛門は志津馬に悪口雑言を浴びせ、股五郎も荷物に隠れて同宿していると得意気に明かす。だが、狐と狸の化かし合いは終わらない。実は志津馬の眼病は偽りで、毒薬も偽物。医者の贅宅は志津馬の家来の孫八の兄、孫六だったのだ。すごい!

慌てて逃げる林左衛門を追う志津馬の前に立ちふさがったのは、何と呉服屋十兵衛だった。志津馬は十兵衛を斬る。なぜ、十兵衛は?股五郎に味方していたことを悔やみ、股五郎と志津馬の両方に義理を果たすために、わざと志津馬の手にかかったのだ。おお、何という志よ。

この話の重要人物は呉服屋十兵衛だと最初に書いたけれど、それはここまで来てはじめてわかることである。父の平作に思いを馳せ、妹お米を案じながら、十兵衛は息を引き取った。

全体としては仇討の狂言なのだが、ここだけを取り上げると、仇討双方の関わった人物のドラマも垣間見えて興味深い。

沼津の段 前 豊竹藤太夫/竹澤宗助 ツレ鶴澤寛太郎 後 竹本千歳太夫/豊澤富助 胡弓鶴澤清方

伏見北国屋の段 竹本織太夫/鶴澤清友

伊賀上野敵討の段 竹本南都太夫(政右衛門)・竹本津國太夫(林左衛門)・豊竹亘太夫(志津馬)・竹本文字栄太夫(股五郎)/竹澤團吾

親平作:吉田玉也/呉服屋十兵衛:吉田玉男/荷持安兵衛:吉田和馬/娘お米(瀬川):豊松清十郎/池添孫八:吉田玉勢/和田志津馬:吉田一輔/桜田林左衛門:吉田玉輝/飛脚:吉田玉征/池添孫六:桐竹紋吉/唐木政右衛門:吉田文司/石留武助:吉田玉彦/沢井股五郎:桐竹亀次