【鈴本余一会 春風亭一之輔独演会】寄席文化の繁栄に、寄席文字の伝承は欠かせない魅力的な要素だ
鈴本演芸場余一会で「春風亭一之輔独演会」を観ました。(2021・08・31)
特別ゲストに橘流寄席文字書家の橘右樂師匠をお迎えしての独演会。中入り後の対談、そして寄席文字実演が実に興味深かった。
右樂師匠の寄席文字教室に、学生時代の一之輔師匠、川上隼一青年は4年間通ったそうだ。普通は大学の落研に入ると、寄席文字習得のために半年、長くて1年くらい1年生が通うのが通例になっているそうで、右樂師匠が「志らくや喬太郎もそうだった」と。だが、川上君は寄席文字に惹かれて大学4年間ずっと通っていたのだそうだ。
寄席文字教室には学生の部と一般の部がある。定年を迎えた方が趣味として習ったり、落語好きが高じて寄席文字を習いたくなったり、という人は20年も30年も通っている人がいるそうだ。そういう人は一般の部。一方、大学落研の1年生は学生の部に通い、基礎を学ぶ。
だけど、川上君はどちらかというと趣味が高じた部類なので、大学4年生のときから一般の部に移籍したのだとか。大学を卒業するときに、右樂師匠に「なりたいものがあるんです」と告白。それは噺家。「どこに入門するのか」尋ねたら、「一朝師匠です」と。それで、教室の生徒も含め皆で応援しようということになったそう。
二ツ目時代の勉強会のビラや、真打昇進披露の後ろ幕などには、右樂師匠がノーギャラで書いてくれたというエピソードが心温まる。それと、一般の部のときに隣りに座っていた「すごく上手い」女性が、後に右樂師匠の弟子となった。現在の紅樂師匠である。一之輔師匠の弟子のメクリを紅樂師匠がやはりノーギャラで書いてくれているという。いい話だ。
右樂師匠は橘流寄席文字家元の橘右近師匠の10番弟子。現在は池袋演芸場の寄席文字を担当している。
対談の中でおっしゃっていたことで印象に残っているのは、「寄席文字は縁起の塊」ということ。文字も大切だが、余白を綺麗にバランスよく配置することを心掛けているという。
寄席文字教室では生徒さんには、「何回なぞってもいい」と言っているが、やっぱり「一筆で一気に」書き上げるのがいいと。確かに、寄席文字実演では、リクエストされた文字を実にスピーディーに書かれるのにビックリした。15分で注文を取る時間含め、10個ほどの寄席文字を書かれていた。
僕も一之輔師匠と右樂師匠の縁に感激したので、「縁」をリクエストして書いていただいたが、実に素晴らしい。
縁起の塊ということで、最初に「壽」を書き、留めで「鶴」を書かれていた。「壽」は紙切りでいうハサミ試しみたいなもので、注文を取る前に書いたが、「これが最後」と言ったときの注文の中から「鶴」を選んだのも流石であった。ちなみに、日本人の好きな漢字一文字は断トツで「夢」だそうで、それも客席に推測させて、当たったお客様に書いて差し上げる演出も良かった。
寄席文字は落語に必要不可欠なもの。この文化を伝承している人たちの層が厚くいることは何とも心強いことだと感じた。