【プロフェッショナル スタジオジブリ プロデューサー・鈴木敏夫】自分は信じない 人を信じる(下)

NHK総合の録画で「プロフェッショナル 仕事の流儀 プロデューサー・鈴木敏夫」を観ました。(2006年4月6日放送)

きのうのつづき

去年(05年)暮れ、宣伝戦略が動きだした。鈴木が宣伝の核にするのが、映画の内容をまとめたボディコピーと呼ばれる文章だ。そこに巧みに時代の空気を織り込む。

「もののけ姫」では、バブル崩壊の真っ只中で、「生きろ」と前向きなメッセージを打ち出し、大ヒットにつなげた。

このボディコピー作りを、鈴木はスタジオの若手スタッフに任せる。今回は30歳の岸本卓を指名した。岸本は元雑誌記者。鈴木に文章力を買われ、スタジオジブリに入った。

今回の映画「ゲド戦記」は、人と竜がともに暮らす世界が舞台。そこで相次ぐ異変の謎を探るべく、一人の魔法使いが旅に出る物語だ。ここから時代へのどんなメッセージを紡ぎ出すのか。

半月後、岸本が鈴木にボディコピーを持ってきた。鈴木は一刀両断、「意味不明」と酷評した。表現にこだわるあまり、何を伝えたいのか、わからなくなっていた。「何か、言ってみて」。鈴木はギリギリまで若手を追い込む。人は崖っぷちでこそ、力を発揮する。それが鈴木の信念だ。

ただ、岸本には何か、きっかけが必要だと感じていた。密かに手を打った。岸本の2年先輩で、「ハウルの動く城」のボディコピーを手がけた西村義明をアドバイザーに立てた。

新作映画は一時期の遅れを取り戻し、完成に近づいていた。映画は内容がいいからと言って、人に見てもらえるとは限らない。プロデューサーになって20年、鈴木は常にその怖さと向き合い続けてきた。

鈴木は57歳。いつまで時代に寄り添えるか。自分がどこまでやれるのか。その思いはいつも心の片隅にある。

鈴木が言う。

兎に角、自分の感覚とか、考えていることとかが世の中に通用しなくなったとき、それがリタイアということでしょう。必ずその日が来るでしょうし、一番大事なのはそうなったときに、ジタバタしない。いつもそう考えています。

「ゲド戦記」の封切は今年の夏。立ち止まってはいられない。岸本に手を貸す時期だと鈴木は感じていた。

「この作品の最大の魅力は設定じゃないかって思うんだ」と、原作の一部を読み始めた。

農民は田畑を捨て、作物を作らなくなり、職人が技を忘れ、モノを作らなくなっている。

岸本が言った。「今の世界とダブりますね。ダブるというか、そのままですね」。

崖っぷちの岸本たちが追い込みに入った。人と竜が暮らす世界。そこで相次ぐ異変の謎を探る物語。そこから現代へのどんなメッセージを引き出すか。一つ出来るたびに、周りの人に感想を訊いた。30人以上の人の声に耳を傾けた。そして、最終提案を鈴木にした。

世界の均衡(バランス)が崩れつつある。

農民は田畑を棄て、職人は技を忘れた。

街ではみな、せわしなく動き回っているが、目的は無く、その目に映っているものは、夢か、死か、どこか別の世界だった。

議論を重ねるうちに、「農民は田畑を棄て、職人は技を忘れた」の一行を消すことで、メッセージはよりクリアになることに気づいた。

そして、ボディコピーの最後の一行。

人と竜はひとつになる。

鈴木は岸本たちの能力を最大限に引き出した。

2月中旬、予告編の試写会がはじまった。見るのは映画館のオーナーたち。この評判が興行収入に直結する。評判は上々だった。

鈴木が目指すのはヒットではなく、メガヒット。

時代との格闘は明日も続く。

時代の空気に合わせて、作品をどのようにフューチャーしていくのか。これはアニメ映画だけではなく、世の中の商品全て言えることではないでしょうか。時代を読み、それをどう表現していくのか。とても勉強になりました。