【プロフェッショナル 指揮者・大野和士】崖っぷちの向こうに喝采がある(上)

NHK総合の録画で「プロフェッショナル 仕事の流儀 指揮者・大野和士」を観ました。(2007年1月25日放送)

大野和士さんは現在、日本を代表する指揮者であると思う。この放送は07年だが、その後に紫綬褒章授章、文化功労者に選ばれ、現在は新国立劇場オペラの芸術監督でもある。放送当時は、ベルギー王立劇場の音楽監督であったが、その後もフランス国立リヨン歌劇場の首席指揮者、バルセロナ交響楽団の音楽監督などを歴任され、世界的な活躍が続く。その大野さんのまさにプロフェッショナルを、この番組で垣間見たので記録したい。(以下、敬称略)

ベルリオーズ作曲の劇的交響曲「ロメオとジュリエット」の公演を2週間後に控えた大野は練習場に向かう。厳しい試験を通過してきた能力の高い演奏者100人は14か国から集まっているオーケストラだ。その演奏者の能力を最大に引き出し、一つにまとめあげるのが大野の仕事である。

大野が徹底的にこだわっているのは、「登るべき山を示す」ことだ。その曲に対する自分の解釈を演奏者に伝えていく。100人の出す音を聞き分け、一人一人に語りかける。

どんな音色を出してほしいかは、あえて言わない。伝えるのはあくまでもイメージ。言葉だけでなく、表情や身体の動きを使って全員にイメージを共有させる。

25歳でドイツに留学し、ヨーロッパを中心に活動してきた大野が、大切にしていることは、「すべてにおいて相手を圧倒しなければ人はついてこない」ということだ。

大野が語る。

私はヨーロッパ人ではないということです。指揮者としてやるということは、それなりの覚悟で人を何倍も説得しなければならないのです。

ワーグナーのドイツオペラの指揮をするには、台詞の深い理解が欠かせない。大野はドイツ語、フランス語、イタリア語、英語を自在に操る。

自宅でも音楽のことばかり考えているという。作品を手がけるときは、莫大な資料を読み込む。作品の背景までも把握し、理想の音楽をイメージする。そして、ピアノに向かい、ひたすら作品と会話をする。

再び、大野が語る。

一番大切なのは作品と会話しているかどうか。これに嘘があったら、何の意味もないんです、私にとって。止めた方がいい。

本番直前、細部に磨きをかける。大野が指摘したのは、ほんのわずかなタイミングのずれ。ギリギリまで理想の音にこだわり、演奏の精度を高めていく。

そして、本番。ここで大事なのは、一人一人を解放する、ということだ。

大野が言う。

指揮者が合図を出していながらも、弾いている本人たちは一番自分の弾きたい音を弾きたい呼吸で弾いている状況を出す。プレイヤーたち一人一人が個人として解放されることが大事です。そうすると、大きな山になった時に一番いい音が出るんです。

大野はことさら大きな身振りをしない。力を引き出すことだけをひたすら考える。

つづく