柳家喬太郎「海亀の島」ウミガメは産卵のとき、涙を流す。これ、本当なんですよ。

鈴本演芸場で「吉例夏夜噺 権太楼・さん喬一門特選集」九日目を観ました。(2021・08・19)

柳家喬志郎「のっぺらぼう」/鏡味仙志郎・仙成/柳家甚語楼「夏泥」/鈴々舎馬るこ「鴻池の犬」/ニックス/古今亭文菊「強情灸」/春風亭一朝「野ざらし」/露の新治「くやみ」/中入り/林家あずみ/柳家権太楼「へっつい幽霊」/林家正楽/柳家喬太郎「海亀の島」

由美子の子ども時代に見た、ウミガメの夢から入るのがいい。小笠原の父島で、両親と一緒に旅行で行ったのだけれど、眠れなくて浜辺を歩いていた。月が出ている。海はウサギが跳ねているみたいにザザーンと波が立っている。由美子の近くにウミガメが近づいてくる。カメの名前は太郎。その上に乗っているのは男の子だ。由美子は「こんばんは」と挨拶を交わした。そういう夢を見たと由美子は言う。

そういうわけで大学卒業旅行で、由美子は彼氏と父島に来ている。夏。「まだ、就活も終わっていないし!」と彼氏は言うが、「夢見るユメコちゃん」と仇名される由美子は意に介さない。

ウミガメの産卵ツアー。ウミガメは産卵するとき、涙を流す、と由美子は言う。彼氏は否定する。あれは海水にあるプランクトンとかのエサを食べて排泄しているものだと。波は相変わらずウサギが跳ねているように、ザザーンと音を立てて、押し寄せる。

「落ち着くなあ。このまま、ここに住みたい」と言っていた由美子は、本当に父島の観光課に就職してしまった。

彼氏が久しぶりに父島を訪れ、由美子と再会するところから噺は大きく展開する。由美子が仕事が終わって待ち合わせたスナック。父島の酒も食べ物も美味い。由美子は昼は観光課で働き、夜はなんとこの店でバイトしているという。「馴染んでいる。すっかり島民だね」。

だが、彼氏は本音が出る。「やっぱり寂しい。帰ってこないか?次はいつ会える?」。彼氏は就職したが、作家志望の夢を持ち続けている。

と、由美子が驚愕の発言をする。「新しい彼氏ができたの」。エ!?その彼氏とは、このスナックのマスター!動揺する彼氏。いや、もはや元カレか。

由美子の説明によるとこうだ。実はマスターと出会ったときの方が古い。子どもの頃に会っている。ウミカメに乗ってきた男の子。それがマスター。海辺で会っている。

彼氏と元カレが乾杯する。「ずるいですよ。取り入って」「いやあ、僕の方から言ったんですよ。島の生まれですか?と訊くから、海の底で生まれて、太郎というカメに乗ってやってきたんだと答えたら、由美子さんの顔色が変わってね」。

そうか、運命なのか。元カレは諦めた。「お二人で仲良くしてください」。マスターと親友になった。「ウミガメは産卵のとき、本当に涙を流すんですよ」。波の音が相変わらずウサギが跳ねているようにザザーンと聞こえる。

明日、元カレが東京に帰るというとき、マスターに向かって真っすぐやってくるウミガメがいる。ペコペコと頭を下げながら。「太郎!」「甲羅にバッテンの傷があるでしょう。これが太郎という証拠です。あれから20年が過ぎた。帰らなきゃ。ごめん、由美子」。マスターは由美子に別れを告げる。

が、「ちょっと待って!」と言って、由美子は観光課に辞表を提出し、「私も行く!」。太郎の背中に由美子も乗った。

作家志望の元カレに対し、由美子は言った。「このことを小説に書いていいよ。そして、一頁ずつ海に流してくれるかしら」。元カレは彼女と親友を一遍に失ってしまった。

「先生!おめでとうございます。芥川賞受賞」。受賞作は「海亀の島」。ファンタジー小説だ。「喜んでくれる人が陸にも、海にもいます」。そして、芥川賞作家は言った。「ご存じでしたか?ウミガメは産卵のとき、本当に泣いているんですよ」。

胸がキュンとなるような、切なくも美しいファンタジー。落語という芸能というのは幅が広く、奥が深い。その可能性を将来につなげていく、そんな作品に思えた。