柳家喬太郎「拾い犬」自分は澄んだ目でありたい。そして、澄んだ目をした人を信じたい。

鈴本演芸場で「吉例夏夜噺 権太楼・さん喬一門特選集」二日目を観ました。(2021・08・12)

柳家小平太「強情灸」/鏡味仙志郎・仙成/柳亭左龍「壺算」/鈴々舎馬るこ「糖質制限初天神」/江戸家小猫/柳家三三「たけのこ」/春風亭一朝「湯屋番」/露の新治「紙入れ」/中入り/林家あずみ/柳家権太楼「お化け長屋」/林家正楽/柳家喬太郎「拾い犬」

長屋に捨てられていた白い子犬を六助と善吉が見つけて、買いたいというが、長屋に暮らしている人たちは皆、「食うや食わず」の暮らし。犬を飼う余裕などない。可愛いのになあ、と残念がる六ちゃんと善ちゃんだが、貧乏には叶わない。親の言うことを聞くしかない。大家さんが「どこか裕福なところに飼ってもらった方が、この子犬も幸せだろう」といい、預かる。そこに舞台が江戸なのか、明治なのか、わからないが、その時代の庶民の暮らしぶりが見えてくる。

その白犬をもらい受けたのは、ある大店である。どうやら、大家さんは10両貰って渡したことが後になってわかり、善吉が驚くところが可笑しいが、どうやら裕福な商家に預かってもらったのは一安心である。その商家を探し当て、店の中を覗き込んでいるのは、どうしてもシロ(善ちゃんが勝手に名付けているだけだが、やはりこの商家でもシロと名付けていたようだ)に会いたくなって、必死の思いで善吉はこの商家を見つけたのだろう。

お店の番頭が「目つきのよくない、怪しい男が店を覗き込んでいる」と旦那に報告するが、なんてことはない。話を訊いてみると、最初に拾った善吉が「会いたくてしょうがなかった」と素直な気持ちを旦那に伝える。娘の遊び相手に貰った犬だが、旦那は善吉の「澄んだ目」に惚れこむ。「こういう目を見るのは久しぶりだ。わしは人を見る目はあるつもりだ。うちで奉公しないか?毎日、シロと一緒に暮らせるぞ」。旦那は本気で善吉を誘い、親の許しも得て、小僧として働くことになる。なんだか、ここまでで心温まる噺だ。

数年後。旦那は真面目に奉公を続ける善吉を呼ぶ。要件は2つ。一つはシロのことだ。「最近、姿が見えない。患ったのかもしれない。迷惑はかけたくない、もうそろそろではないか、と死に場所を探して出て行ったのかもしれない」。シロのお陰でお前との縁もできたが、いつかこういう日が来ることは覚悟しなければならないと、旦那は言う。

もう一つの要件は、娘のことだった。そろそろ後継ぎを考えなくてはいけない。婿取りのために縁談がいくつか来ている。だが、と旦那は言う。「縁談に身分違いはないと思う。主従の間柄など気にしなくてよいと思う。生涯を伴にする当人同士の気持ちが一番だと思う。気に入っている若者がいれば、添わしてやりたい。来ている縁談を全部断ってもいい」。善吉と娘のおみつを一緒にさせたいという気持ちを隠しきれない旦那の言葉だ。

「(他の)婿を取ってもいいかい?」と旦那はカマをかけるが、真面目な善吉は「おめでとうございます」と言うばかりで、身の程を知るということを心得ている。真面目過ぎる善吉がなお、愛おしくなる。

善吉が庭へ出た。すると、「久しぶり」と声がする。長屋時代に仲良くしていた六助だ。「六ちゃん!」。だが、六助はすっかり悪い遊びを覚えて、悪党に成り下がっていた。六助が言う。「善吉はあの頃と同じ目をしているな。その目を少し濁らせてみないか」。

お店のお嬢様、おみつを騙して吉原に売っ払うという計略を六助は持ち込んできたのだ。「他の男の垢がつく前に、なあ、生娘は高く売れるぜ。かどわかしちまおうぜ。一緒に手を組もうぜ」。善吉を悪の道に引きづりこもうとするばかりか、世話になっているお店を裏切れという六助の誘いに乗るわけにはいかない。

六助が匕首を善吉の顔につきつける。と、そのとき、六助の着物が引っ張られる。引っ張っていたのはシロだ。善吉と同じ澄んだ目をして、六助の着物をくわえて離さない。「袖が引きちぎれるじゃねえか!消えてやらあ!」。六助はその場を去った。

この場を陰からそっと見ていたのはお嬢様だ。善吉に言う。「話は聞いていました。守ってくれてありがとう」「守ったのはシロですよ」「私、縁談は断ります。シロは死んでしまうかもしれない。だから、シロの分まで私を助けてください。これからも守ってくださいな」。善吉もお嬢様のこの台詞で覚悟を決めたのだろう。いつまでも「澄んだ目」をした夫婦であることを誓った二人であったに違いない。一匹の子犬を拾ったことが縁結びになる純愛物語に心が洗われた。