柳家喬太郎「牡丹燈籠⑤ おみね殺し」

柳家喬太郎「牡丹燈籠~おみね殺し」
怖ろしくなった伴蔵・お峰の夫婦は、江戸を去り、伴蔵の故郷の栗橋宿で、幽霊からもらった百両を元手に、関口屋という荒物屋を開業し、大層繁盛した。夫婦で一生懸命働き、奉公人を何人も抱えるまでに店を大きくした。伴蔵は旦那として、懐の金に余裕ができ、贅沢をするようになる。

そんなある日、お峰が幸手まで馬を引いていく久蔵を引きとめる。「久蔵さん、寄っておいきよ。急ぐのかい?」「馬を幸手まで持っていかねばなんねぇ」「素通りは寂しいよ。付き合わないかい?」「酒飲んで、馬は引っ張れないだ」「私は江戸の出、知り合いがいないんだ。寂しいんだよ。寄っておいきなよ」「じゃぁ、ちょっとだけ」。久蔵が関口屋に寄る。「いつもお世話になっているから」「おめえ様の酌で?では、チビチビいただきます」・・・「いい酒だぁ。オラが普段飲んでいる酒とは違う。さすがは江戸もんだ。肴は芋、煮なすったかね?江戸もんだ。味付けが違う」。お峰は酒を振る舞うだけでなく、「これは少ないけれども、取っておいておくれよ」と金を渡す。「随分、入っているでねぇか」。

「美味しい、美味しいって、本当は口に合わないんじゃないの?旦那なんざぁ、飽きるんだね。近頃は見向きもしない。脇で食べたり、飲んだりしている。たまには伴をすることもあるんだろ?」「極、たまに・・・のべつ行くわけでもないが」「笹屋に入り浸っているそうじゃないか?」「あそこは料理も美味いし、酒も上等だ。でも、よく知らないだ」「お前が一番親しいんだ。酒や料理だけじゃないんじゃないかい?いいのがいるんじゃないかい?誰かに会っているんでしょ?」「他に女をこしらえるなんてことはあるわけないだ・・・ちょっくら、幸手まで行ってくるだ」「お前さんが大酒飲みなのは知っているよ。そればかり、なんてことはないだろう?いい女なんだって?話を聞かせてくれないかい?いい女なんだろ?」「オラ、知らないだ」。亭主の伴蔵の浮気についてカマをかけながら、酒を勧めて上手に話を聞きだす場面が興味深い。最初は遠慮していた田舎者の久蔵が、美味そうに酒を飲み出して、徐々に機嫌が良くなって、まんまとお峰の罠に引っかかる。

高笑いするお峰。「田舎の人は純でいいね。昨夜、旦那が全部吐いたんだよ、喋っちまったんだよ。『すまねぇ、お峰。一人、囲いたいんだ。了見してくれ』とね。男の甲斐性だ。妾の一人くらい、しょうがない。久蔵には口止めしているから、聞いてごらん、ドギマギして面白いよってね。ごめんなさい。そういうわけなのよ」。これで、久蔵は気を許した。「なんだい、バカバカしい。幸手?明日でもいいだ。旦那は喋っちまったのかい?こんな酒、2杯、3杯いけるだ。笹屋のお国さんという、歳は27、8だけども、22、3にしか見えない、いい女だ。お前さんに比べたら・・・野暮ったいだ。心配なのは亭主持ちということだ。足に怪我をしていて、元侍の亭主と越後の村上に行く途中で旅籠賃が尽いて、この栗橋にいるんだ。笹屋で働いたらよかんべということになった。それを旦那が見初めたんだ。足の悪い亭主のことを心配して、これを足しにするべと、最初は3分渡したのが、2両になり、3両になり、5両になり。あるところにはあるもんだ。5両、10両、20両渡していた時には、オラ、驚いた。この店を買ったときの額だ。大層な可愛がりようだ。いい女で、垢抜けているだ。亭主があるけど、旦那が面倒を見ている。オラが喋らなきゃ、知られる気遣いはないとね」と余計なことまで喋っちゃった。これで真実が理解できた、お峰。「ありがとう、久さん。話してくれて様子が知れたよ。ちっとも知らなかったよ。そうかい、お国?近頃、旦那の様子がおかしいと思っていたんだ。そんなにくれてやることもないよねぇ、久さん。そんなこと喋る亭主がどこにいる?初めて知った。畜生!畜生!」「オラから聞いたということは内緒に・・・」「早く幸手にお行き!」。

お峰の悋気の虫は収まらない。帰宅した伴蔵を責めたてる。「今、帰った」「帰ってきたんだね」「早く寝よう。寝酒をもらえないか?」「家で飲んでも美味くないだろう?笹屋に行ったらいいじゃないかい?私のお酌じゃ美味くないだろうから、お国さんに酌をしてもらったらいいだろう!」。口ごもる伴蔵。「寝酒だよ。てめえでやらあ」「笹屋に行けば、何でもしてくれる。笹屋に行ってくればいいじゃないか!」「ひょっとして、家に久蔵が来たかい?」「来ないよ!あの人の話はどうでもいい。一人で寝るから、向こうに泊まればいいじゃないか。お国さんとさ」。お峰の嫌みは続く。「歳は27、8。元は屋敷者で野暮ったいが、芯は垢抜けている、いい女。足の悪い亭主がいて、元はリャンコ。気をつけなきゃいけないよ。笹屋にお行き!」。「久蔵が来たか?」と、口ごもる伴蔵。「困っている人に施しをするのは結構。3分。その次は2両、3両、5両。元々はこの家は20両で買ったんだ。同じだけやったら、向こうも驚いたろうね」。「そんなこと、ありゃぁしない」と困惑した表情の伴蔵は汗をかいている。「そんなに好きなら、一緒になったらいいじゃないか!所帯をお持ちよ!亭主は足が悪い。お金を渡せば、手を切ってくれるんじゃぁ?私が出ていってあげようか?お国さんと、この店をやればいいよ」と、止めを刺したから、これには伴蔵もキレた。「いいかげんにしろ!そうだよ!笹屋のお国の面倒を見ているよ。何だってんだい!昔とは違うんだい。四間間口の荒物屋の亭主が妾の一人や二人!文句なんか言われたくないよ!」。

すると、お峰は開き直った。「元はと言えば、幽霊から百両もらって・・・」「それは内緒のことだろう!」「言ってやるよ!こうなったら、洗いざらい話すよ。萩原様はお前が殺したんじゃないか!お前がお札をはがして、虫の息の萩原様を蹴殺して、新幡随院から骨を掘り出して横に並べて、幽霊に殺されたように見せかけたのはお前さんじゃないか。お前が萩原様を殺したんだよ」「馬鹿を言うな!」。ついに、夫婦の間だけの隠し事にしていた禁断の事実を口に出した、お峰の迫力には圧倒される。「別れてやるから、百両おくれ。今のお前なら、あるだろう?」「お前みたいな女にやれるかい!」。殴られたお峰は言う。「8年連れ添って、一昨年のことは忘れたとは言わせないよ。あの頃は女房大明神と言っていたくせに。別れてやる!私は方々に行って、お前が萩原様を殺したことを言いふらしてやる」。

すると、伴蔵の態度が一変する。頭を下げ、「お峰、申し訳ない。勘弁してくれ。そんなこと言ったら、俺だけじゃない、お前も手が後ろに回る。確かに笹屋のお国とは、いい仲になった。だけど、段々わかってきたんだ。俺も性悪なら、あの女も性悪だ。手切れ金を渡して、別れようと思っていた。亭主も浪人者で後が怖い」。そして、続ける。「それより、お峰。お国とはスッパリ別れる。ここにもいずれ居られなくなる。店を売り飛ばし、越後の新潟あたりへ出て、裸一貫、二人で一から出直したいと思っている。こんな男でよかったら、ついてきてくれないか?」。この最後の言葉に、お峰の心が揺れた。「そりゃぁ、私だって別れたくないよ。今の台詞、本気にしていいのかい?」「越後に行って、裸でやり直そう。酒はもういい。休もう。こっちへ来いよ」「嫌だよ、お前さん」。お峰の機嫌はすっかり直った。

その晩は一緒に寝て、翌日は幸手に出かける。呉服屋で反物を買い与え、料理屋へ入り、やったりとったり。仲の良い夫婦に戻ったように見えた。しかし、伴蔵はどこまでも性悪であった。小料理屋を出た帰り道、幸手の土手。をフラフラと歩く。「なんで、降りるんだい?」「掘り出し物があるんだ。海音如来の像を江戸から掘り出して、ここに埋めてあるんだ。人には見られたくないから、見張ってくれないか?」と、お峰を騙す。そして、足元を忍ばせて、道中差しを静かに抜いて、お峰を背後から襲い、肩先からザックリと斬り捨てる。「死んでもらうぜ!」「全部、嘘をつきやがったな!」「てめえなんかと居られるかい!」。さらに乳の下から貝殻骨にかけて斬りつけた。そして、馬乗りになって、ザクザクと止めを刺し、お峰はその場で息絶えた。