柳家喬太郎「牡丹燈籠③ 飯島討ち」
柳家喬太郎「牡丹燈籠~飯島討ち」
孝助は誠に親孝行で、いつか父親の仇討をしたいと、飯島平左衛門の元で武家奉公に励んだ。「だいぶ、腕が上がったな」「まだまだです。今の力では返り討ちにあいます」「うむ、そうだな。しかし、必ず仇は討てる。修業に励めよ」。「お前は実に親孝行。羨ましい。それに引き換え、露なぞは・・・」「このたびはお隠れあそばして、ご愁傷様でした」「詮なきことよ」。
相変わらず、女中のお国は、妾として大きな顔をしている。ますます野放図といった態だ。平左衛門がお泊り番のときには、近所の宮野辺源之進の次男、源次郎を呼び寄せ、間男している。源次郎は、放蕩ゆえに勘当になったが、平左衛門が仲裁し、勘当が揺れた恩義もある。「源さま、おいでなさいよ」「誰かに見られているような」「お入りなさいよ。今晩は殿様はお泊り番。ゆっくりできるわよ」「申し訳ない。勘当が揺れた恩人を裏切って、あなたとこんな仲に」「男と女ですもの。うちの殿様に可愛がられているのは奉公人も知っているんだ。大丈夫だよ」「用心に越したことはない。気がひける」「一匹、面倒なのがいるんだ。草履取りの孝助。殿様にベッタリで、剣術を習っている。気をつけた方がいいよ」「何とかならないのかい?」「追い出したいんだがね。養子にほしいという話もあるが、いい目を見させるのも悔しいし。いっそ、野垂れ死にすればいいんだ」。
「源さま、もっとこっちへ。養子と言えば、あなたに来てほしいと思いますよ。お露が亡くなったから夫婦養子を、と旦那にそう言うから。うちにいらっしゃい」「おじさんともひとつ屋根の下というのも面倒だな」「だからさぁ、殺しちゃっておくれよ。殺しておいまいよ」「でも、向こうは真影流の達人。こっちは剣術が下手ときてる。殺すと言っても、なかなか真正面からというわけにはいかないよ」「旦那は泳ぎを知らない。釣りに行くことになっているだろう?舟から突き落としておしまいよ」「来月4日に?しかし、船頭に見られる」「斬り殺せばいいんだよ。小言を言いながら、亡き骸を引き揚げて、船頭を斬ればいい。この者の手違いでこのようなことになりました。無礼なので、斬り殺しました。そう言えば、船宿の主人も命が惜しいから、何も言わないよ。私が届けを出すよ。殿様は病気で死にました。そして、養子の手続きをするんだ。三日三晩、寝ずに考えたんだ。やっておしまいよ!」。
暑いからと、涼みに来た孝助は、耳をそばだて、悪だくみをヒソヒソと話す様子を聞いてしまった。「誰だい?」「孝助でございます」「なんで、こんなところに?」「夕涼みにきました。国さま、どなたかお越しですか?」「誰も来ちゃいないよ。早くお戻りよ」「ここに草履が・・・忍んで誰かが・・・ご隣家のご次男様がお見えでは?」「余計なことを言うんじゃないよ」「来ていて、悪いか?私がいちゃいけないかい?」「殿様が目をかけているのは存じ上げてますが、夜分に忍んでお見えになるのは、ちと怪しゅうございます」「何様のつもりだい?」「泊まり番の晩に来るのは怪しゅうございます」「結構。私はおじさんから手紙を貰ったから来たんだ。釣り道具の調子が悪いと。手紙を読みなさい!」「確かに殿様の手。この手紙がなくば・・・」「何だい?不義密通でもしていると言うのかい?ただじゃおかないよ」「不届きな奴ですな」「これで叩いておやり!」「そこへ直れ!こうだ!」。ビシッ!ビシッ!孝助の顔から血が噴き出す。「ご無礼つかまつった。おやすみなさいまし」。孝助は去る。「畜生!こんな真似しやがって。話は残らず聞いた。殿様を殺して、養子になる。殿様を殺させるものか!俺が源次郎を殺してやろう。向こうは剣術が下手だ。そして、腹を切ろう」。
平左衛門が孝助に稽古をつける。「孝助!気合が入っておるな。上達も早いな。親の仇は討ちたいか?」「討てないかもしれませんが」。宮野辺源次郎と飯島平左衛門が釣りに行く前日。楽しく食べて、飲んでいる。孝助は槍を研いでいる。「何をしている?」「槍が錆びていたので、研いでおりました」「本当に腕の立つ者は、錆びた槍で刺さねばならぬ。切れ味が鋭いのもいいが、錆びていると、傷口が痛い。のたうちまわる。錆び槍で刺さねばいかん」。
皆、寝静まっている。孝助は足を忍ばせて、庭を錆び槍を持って歩く。廊下に寝巻姿の男が中二階のお国の部屋へ。「源次郎!殿様を殺させはせんぞ!」。腹に槍をグッと突き、えぐる。「おのれ!宮野辺!」「孝助!突けるではないか!槍も免許皆伝にしてやろう」「殿様!」「よいよい」。孝助は慌てて、槍を抜く。「孝助、落ち着け」「殿様!殿様!殿様!・・・・相すみません!不忠の極み。申し訳ないことをしました!」「よいのだ。話がある。聞いてくれ。錆び槍で人を突かなければいかん。しかし、今の手応えを忘れてはならんぞ」「相すみません。殿様を討つつもりなどありません。源次郎がお国と密通しています。話を聞いてしまいました。明日、殿様を舟から突き落とし、殺す策略です。正面から申し上げることができず、宮野辺だと思い、突きました」「忠義の心で突いたのよのう。嬉しく思う」。
「孝助、わしからも話がある。よーく、聞けよ」。ここで、三味線の効果音。「今を去ること18年前、本郷三丁目藤新の刀屋の店先で、そなたの父、黒川孝蔵を斬り殺せし父の仇は、何を隠そう、このわしじゃ」「何をおっしゃいます!」「真のことよ。わしも、その頃は年若く、堪忍することができなかった。今思えば、面体に痰唾なぞ。謝り抜いた方が勝ちだ。我慢できずに斬り殺した。許してくれ」「狙う仇が殿様であれば、手前の父が悪うございます。それは致し方のないことでしょう。申して頂ければ、仇討ちなど諦めます」。
「相川新五兵衛殿が養子がほしいと言っている。剣術が上達したら、お前を養子に出して、一人前の侍にして、私を殺させようと思っていた。今であれば、主殺しで大罪になる。そなたが槍を突いたのは、忠義の上でのこと。そなたは大罪を犯してはいない。気に病むことはない。そなたに討たれたことを嬉しく思うぞ」・・・「これから、わしは源次郎のところへ行く。いつか、わしの仇を討ってくれ。源次郎とお国を亡きものにしてくれ。早く行け!明日、相川殿を頼って参れ。相川殿がなんとかしてくれる」「嫌でございます」「何を申す。男の子がおらんせいか、わしはお前が可愛くてなぁ。これは天正助定だ。わしの形見に持って行け。それから、金が100両支度してある。源次郎のふりをして、そなたに討たれようと思ったのだ。相川様へ、早う参れ。頼むぞ」。槍で突かれた傷口を押えながら、実の息子に遺言を残すように、力を振り絞って話す飯島平左衛門の姿が感動的だ。
飯島は深傷を負いながら、お国の部屋へ。「これは宮野辺!」「どうなさいました?」「黙れ!国と密通し、わしを殺そうという策略、存じおる」「どうしたんです?その傷は!」「国!性根の腐った奴だ!二人並べて、首を撥ねてやる!わしはそなたに殺されはせぬぞ」「何を言っているんですか。傷を負い、血がだくだくと出て。やってごらんなさいまし。斬ってごらんなさいまし」「深傷は負っていても、武士だ!宮野辺!」。飯島が槍で源次郎を突く。「おじさま、ご覚悟を!」。源次郎が道中差しでとどめを刺す。「天誅下るぞ!」という言葉を残して飯島は息を引き取った。お国と源次郎の二人は屋敷から金目のものをかき集め、逐電。源次郎は飯島に槍で足を突かれたために、ビッコを引きながら江戸を後にした。