柳家喬太郎「牡丹燈籠② お露新三郎」
柳家喬太郎「牡丹燈籠~お露新三郎」
根津清水谷に萩原新三郎という浪人者が住んでいた。両親は亡くなったが、残した財産で、悠々自適の暮らし。文武の文の方を好み、家で本を読む日々が続いた。幇間医者の山本志丈が訪ねる。「家ばかり閉じこもっていちゃいかん。たまには表に出ませんか?」「本を読めれば十分だ」「亀戸の臥竜梅が綺麗との噂。見に出かけませんか?」「そうか。では、お伴しますか」。梅見物が終わり、山本が誘う。「結構だったね。ちょいと寄りたいところがあるんです。柳島に見目麗しき、ご婦人を見舞ってやりたい・・・女郎買いじゃないよ。旗本のお嬢様だよ。外に空気を吸いにいかないといけないと言っているのだが。お前のようないい男を連れて、目の保養に・・・行きましょうか」。
二人で柳島の寮に暮らすお露を訪ねる。「およねさん!」「山本さんですか、お久しゅうございます」「お嬢様は相変わらずですか?」「はぁ」「伴を連れてきたよ」「あら、見目麗しきオノコだこと」。およねが応対して、奥座敷に案内して酒と料理を振舞う。人見知りのお露はソワソワして、チラチラと廊下の方から覗き見しているのがわかる。「チラチラと柱の陰から見る婦人がいます」「気づいたかい?誰だと思う?」「ひょっとして、星飛雄馬の姉?(笑)」「さっき話したお露どのだよ」「ようわかりませんが、美しい方ですね・・・」。山本は盃を重ね、クイクイと飲む。新三郎はチビチビと遠慮がちに飲む。やがて、新三郎がハバカリへ。およねが、「露どの、お出になったら、手を洗って差し上げて。水をかけて差し上げて」「どのようにすれば?柄杓で掬って?」。
用を足した新三郎がハバカリから出てくる。顔を赤らめる二人。「お邪魔しています。萩原新三郎と申します。きょうは馳走になって・・・」「露と申します。お手を洗いましょう」。ガタガタ震えて、顔もまともに見られない。やっとのことで、水をかける。「手拭いをどうぞ」。お露が手拭いを渡す。手拭い越しに手が触れる。新三郎が思わず知らず、ギュッと握る。露も握り返す。もじもじと、そのまま固まって、動くことができない。見つめ合う二人が印象的であった。山本は「そろそろ失礼しなくては 」と腰をあげる。「お暇します」「またお越しください」「いずれ参ります」。
この日から、新三郎は寝ても覚めても、お露のことを忘れられない。お露も新三郎のことが忘れられない。お露のことが頭を離れない新三郎は、一人で柳島に行く勇気がない。「早く、山本が来てくれないか」。二月三月、悶々とする日々が続いた。近所に住む伴蔵が、顔色が悪いから、気晴らしに表に出たらと勧める。「出たいと思うが、腰があがらなくて」「たまには遊びに行きなさいよ。表の空気に触れないと」「お前はいいよ。釣りなんていう好きなものがある。釣りか・・・行ってみようかな」。新三郎は、伴蔵に釣りに連れてってくれと頼み、横川へと舟を出す。「なるほど気持ちのいいものだ。お前、釣りなさい。船頭さん、もう少し行っておくれ。あの辺りだな、寮があるのは。すまないが、あの辺りに舟をつけてくれないか?」。
「ちょっと、私は上がってくるから」「お伴しますよ」「いいよ。なまじ、色に連れは邪魔だ」「お楽しみで!」。新三郎は丘に上がり、寮の門のところから庭へ。お嬢様が四畳半に横座りして、畳にのの字を書いている。「あぁ、懐かしきお露が・・・」。この姿を庭から見た新三郎は声を出す。「お露どの!」「萩原様ですか?」「不躾にすみません。忘れ難く、居ても立ってもいられずに、非礼の段はお許しを」「よう、お越しくださいました。露は嬉しゅうございます。会いたくて仕方がありませんでした。さぁ、上がって!」。いい男といい女。二人は嬉しい仲になった。
「これは母の形見です。私の大好きな香箱。秋野に虫の柄です。この蓋をお持ちください。箱は残ります。また来てくださらなければ、蓋はできません。私を思って、お持ちください。二人が会えば、箱に蓋ができます」。そこへ、「露!露はおらんか!何だ、その方は!何を致しておる!」と父、飯島平左衛門が現れる。「父上、何故?」「男と会いたいために、かようなところに住んでおったのか!」「萩原新三郎と申します。以後、お見知りおきを」「手篭めにしたのか?」「私たちは恋仲です。お慕い申しております」「問答無用!そこへ直れ!」「私が悪うございます。私を斬ってください」「二人とも斬ってやるわ!」。そう言って、お露の首を刀で撥ねてしまった。首がコロコロ。「次はお前だ!」そして、新三郎の首も・・・「露!」というところで、伴蔵が「旦那、伴蔵ですよ!」と寝ている新三郎を起こす。「あんまりうなされているから」「どこだい?」「舟に乗ってきたんじゃないですか。釣りはよろしいんで?」「夢か。あそこの家・・・船頭さん、もう帰ろう」「まだ何も釣っていないですよ」「十分だ。船頭さん、帰ります」。舟を降りる際に、桟橋に落ちているものがある。「変なものが落ちていますよ」。それが香箱の蓋。秋野に虫の柄である。何とも、因縁の噺だ。