【談春アナザーワールド ⅩⅣ】「品川心中」

立川談春師匠が2010年1月にスタートして、18回にわたっておこなった「談春アナザーワールド」の当時の記録を残しておきたい。きょうは2012年5月の第14回だ。

立川談春「品川心中」
品川の白木屋で板頭を張ったナンバーワン女郎・お染も、歳には勝てない。若い妓にその座を奪われて、人気は下り坂。有力な馴染み客も減り、財源が乏しくなる。年に一度の紋日、更衣(うつりかえ)は自分の人気を見せつける絶好の機会で、勢いがあるときは、ご馳走を振舞い、祝儀を切って見栄を張ることができたが、そのスポンサーもいなくなった。悔しい。生き恥をさらすくらいなら、いっそ死んでしまおう。でも、金に困って自殺したとは思われたくない。相手を探して心中しよう。これなら、浮名が立つ。手練手管で心中に誘い込むお染の身勝手さと、心中相手に選ばれた貸本屋の金蔵の間抜けなところが、この噺の面白さで、師匠はこの二人の人物造型をきっちりと描き分けて、爆笑の滑稽噺に仕上げた。

「相談したいことがある」とお染が書いた手紙を持って、ノコノコと店にやって来た金蔵。「さっきから下向いたまま何も言わないで、どうしたんだ?何だい、相談って?」「金ちゃんの顔を見て、駄目だと思った。諦めたの」「何だよ?」「お金がいるの」「そんなことか!金なら、そう言え。必要なのは100両か?200両か?」「わずか40両」「そうか、そりゃぁ、無理だなぁ」「どのくらいだったら、都合できるんだい?」「そうだなぁ。家財道具を全部まとめて売り払って、2両にちょいと欠けるくらいかな」「ごめんね。もしかしたら、と夢を見た私が悪かった。更衣ができなくて、生き恥をさらすくらいなら、死んだ方がまし。年季が明けたら一緒になると、起請文を交わしたのは、本当のこと。金ちゃんはいい男じゃない。金もない。でも、優しさがある。嘘をつかない。実がある。それが心に滲みるの。時々思い出したら、お線香の一本でもあげてちょうだい。幸せになってね」。

その時の金蔵の答が笑える。「死ななきゃいけないの?元気だろ!もったいないよ。着替えなさい!無駄なことはしなくていい。仲間を集めて、一席もうけて、祝儀を切って・・・やめなさい、あんな派手なこと。女郎が損して、客が損して、儲かるのは店だけだよ。ハバカリ行って、薄物に着替えてくればいい!思い切って、歴史に名を残せ!」。そんな馬鹿な答を軽く受け流し、お染は言う。「女には意地張って生きていかなきゃいけないときがあるの。それを捨てたら駄目なの。お金だけじゃないの。助けてくれと言っているんじゃないから」「俺を置いて、どうするの?さみしいじゃないか。生きていてもしょうがない。俺も死ぬよ!」「本当に?」「死ぬさ!死ぬぐらいは死ぬよ」「お蕎麦食べに行くのと違うんだよ」「言ったことは、ちゃんと付き合うよ」「金ちゃん、大好き!今晩、死のう!」「早いよ。涼風が立ってからで」「本当は死ぬ気なんてないんだろう?その気がないのに、その気にさせて。あの世に逝ったら、百日も経たないうちに、呪って出て、とり殺すよ」「俺は死ぬよ。百日経たないうちに殺されるなら、死ぬ」「人の誠を疑うわけじゃないけど、本当に?」「俺は誠の塊だ。嘘でない証拠に目を回そうか?」。「そのかわり、一緒に仲良く死のう。この世で添えなかったけど、あの世で添おう。蓮の葉っぱの上で、所帯を持とう!アマガエルの了見だね」。筋書き通りにことが運ぶようにしてしまう、お染の女の色仕掛けが目に見えるようだ。

「いい女だな。あんないい女と死ねるのは男冥利に尽きる。年を取れば、皺は増えるさ。でも、年を取った分の女の鯵がつくづくわかった。あいつは俺にトンときているね。品川で一時代を築いた女と心中か。いいなぁ。こんな形で浮き名が立つとは思わなかった。やるときはやるな」と、すっかりその気になった金蔵。道具屋を呼んで、所帯仕舞いをして、金を作り、その金を握りしめて柳原へ。刀を買うが、鞘と刀が別々のガタグリ丸。死に装束は金が足りないので、上半身だけの半襦袢を用意。親分の家に暇乞いに行く。「どこへ行くんだ?」「西へ」「中野?高円寺?勝沼?甲府?」「葡萄の買い出しか」「人の噂じゃぁ、十万億土」「十万石のご城下?行ったきりか?いつ、戻るんだ?」「お盆の十三日」「いつ、行くんだ?」「きょう」「早く言えよ。一席、もうけてやるのに」「親分も達者で、草葉の陰から」。金蔵の怪しげな言動に、「気をつけろよ。噂じゃぁ、白木屋の化け物お染にゾッコンとかいうじゃないか。あれは 妖怪と同じだぞ。海に千年、山に千年、里に千年。お前なんか、心中の相手にピッタリだ。気をつけろ」。「親分は人相を見る」と金蔵は慌てて逃げ出して、台所の水瓶の上に刀を置いて忘れてきちゃった。「わかった。殴りこみを頼まれたんだ。あんな役に立たない奴でも、頭数揃えるのに必要なんだな」。

「ビックリした。親分は言い当てるね。茶の一杯でも飲んで、世間話でもしようと思っていたのに。どうやって、時間を潰そう?」。それでも、日が暮れて、金蔵は品川の白木屋へ。「本当に来てくれたんだね。実の金ちゃんだよ」。最後の晩だからオアシを気にすることない、三途の川までは取りに来ないと、景気をつける派手な遊び。芸者、幇間をあげて、ドンチャンドンチャン。天下を取った気持ちで、飲むだけ飲んで、食うだけ食った。やがて、犬の遠吠えと按摩の笛、そして品川の海の打ち寄せる波の音だけが聞こえる大引け過ぎ。お染が各部屋を回り終えて、そっと金蔵の部屋に戻ってくる。大きな口を開けて寝ている金蔵を見ながら、ポツリとこぼすお染の台詞がいい。「本物の馬鹿だね。モノに動じないカラバカ。何だったんだろう?苦界に身を沈めて、蝶よ花よとおだてられていたのも、昔のこと。何が因果で、こいつと死ななきゃいけないんだろう。でもね、一緒に死んでくれる人がいるだけで幸せだと思わなきゃいけない」。そして、金蔵を起こす。「金ちゃん、起きて!」「もう食べられません!起きてって、何?」「夜が明けちゃうだろう」「なんだよ、たまにはゆっくり寝かせてくれてもいいだろう」「何、言っているんだい!寝てどうするの?」「帰るんじゃぁ?居続けはできない」「帰るつもり?」「俺にも懐具合があるから」「死ぬんだろ?」「誰が?」「一緒に死ぬんだろ?」「誰と?」「私と一緒に死ぬんだろ!心中するんだろ!」「あっ、忘れてた!」。ようやく我に返った金蔵は買ってきた死に装束を出す。ところが、刀がない。「アッ!親分の家の水瓶の上に置き忘れてきた」。そんなこともあろうかと、剃刀を二丁用意していたお染。「お互いに首に当てるんだよ」「いや!俺は剃刀負けする性質だ!薄いもので切った傷は、後が縫いにくいって医者が言っていた!」と怯える金蔵。「じゃぁ、首くくるかい?」との提案には、「二、三日見つからないと、三尺くらい伸びちゃうんだ。気持ち悪いから、やめよう」と拒否。「木綿針を50本くらい借りて、お互いに脈の上に刺していくというのはどうだい?」「しもやけ治すんじゃないよ!」とか、「ひの、ふの、み!で息を止める。苦しくなったら少しずつ息を吸う」と、あくまで及び腰の金蔵。

しびれを切らしたお染は、「もうしょうがない。覚悟して、海に飛び込もう!」と入水心中を持ちかけ、腐った裏木戸の錠を壊して、桟橋に出た。「嫌だ!」「雨が降ってきたんだよ。早く!」「ご覧なさい。遠くに灯りが点々と見える。お迎え火?」「夜釣りの漁火だよ」「桟橋は長いが、命は短い。ウワウワウワ!」と、怖気づく金蔵。そのうちに、店の方からお染を呼ぶ声が聞こえる。「金ちゃん、早くして!」。邪魔が入ってはならじと、お染はガタガタ震えている金蔵の背中をドンと突いた。金蔵はもんどり打って海中へ。自分も飛び込もうとするお染に、店の若い衆が「ちょっと、待った!」と止めに入る。「死ななきゃいけない訳がある」「更衣だろ?金ができたんだよ。番町の旦那が50両持ってきた。それでも、飛び込むのかい?」。すると、お染は態度を豹変。「あの人はそういう実のある人。冗談じゃないよ。金ができたら、何で私が飛び込まみやしないよ。死なずにすんだ。・・・でもね、どうしてもう少し早く来てくれないの?さっき飛び込んだばかりの男がいるんだよぉ」「誰?」「貸本屋の金蔵」「バカ金?セコ金?いいよ。あれは役に立つ人間じゃない。大食いだから、死ねば米の相場も安定する」。お染が海に向かって呼びかける。「金ちゃん、私、ビックリしちゃった。いきなり、飛び込むんだもの。聞いた?お金、できたの。上がっていいのよ。浮かんで!上がって!お金ができたら、まだしたいことがあるの。私も人間、いずれあの世に行くよ。先に行って、待っててね!さよなら、失礼!」。

酷い話。海中で七転八倒しながら、これを聞いていた金蔵。「畜生!」と立ち上がると、品川の海は遠浅。水深は腰までだった。白の半襦袢はずぶ濡れ、額は切って血だらけ、髪はザンバラという異様な姿で、上陸。深夜の駕籠かきを驚かせ、江戸名物の犬の町内送りにあったりしながら、やっとの思いで親分の元へ辿り着いた。あとは、ご存知の通り、博打の手入れが入ったと大騒ぎになり、心中のし損ないの幽霊みたいな金蔵が現れて、一安心。台所の羽目板を踏み外した男が、「俺は駄目だ。糠みそ桶に急所をぶつけて、取れちゃった。握っている急所のタマを形見にカカァに渡してくれ」と、差し出したら、茄子の古漬けだった、与太郎はハバカリに落ちた、でサゲ。紋日というお祭騒ぎの馬鹿騒ぎを揶揄するところなど、師匠独自の工夫も入れてながら、金次第でケロリと態度を豹変させてしまう女の身勝手さと、そんな女に翻弄されてしまう軽薄男の哀しさをカラッとした笑いで仕立てた手腕はさすがと思わせる高座だった。