【プロフェッショナル 棋士・羽生善治】直感は経験で磨く(下)
NHK総合の録画で「プロフェッショナル 仕事の流儀 棋士・羽生善治」を観ました。(2006年7月13日放送)
きのうのつづき
竜王戦予選トーナメント1回戦。羽生は森内俊之名人と対局した。対戦成績47勝39敗。この1年は2連敗中。同い年の二人は誰もが認めるライバルであり、特別な相手だ。
森内は小学校の頃から羽生を目標にしてきた。羽生との対局はいつも特別な気構えで臨むと言う。
将棋の神様って言ったら変ですけど、彼は完璧な手を指してくることが多いので、隙を作ったら必ずやられますので、自然体でかつ隙のない状態を目指してやっています。
一方の羽生もこう語る。
お互いに切磋琢磨して強くなったという感じは持っています。お互いにお互いの力を引き出したということはかなりあると思っています。
今後、長らく将棋界のトップを争うであろう二人のその一局一局は常に死力の尽くし合いになる。
序盤。森内が積極的な攻めに出た。羽生も負けじと応戦する。両者譲らない一進一退のせめぎ合い。形勢が見えないまま、7時間が過ぎていった。
午後6時。夕食のための50分の休憩。長丁場の対局のとき、羽生はいつも同じ時間の過ごし方をする。将棋会館から1キロ離れたゴルフ練習場のレストラン。必ず座る場所は店の奥の窓際の席だ。注文はサンドウィッチ。何も考えず、ただ急いで食べる。それが対局のことでいっぱいだった頭の中に空白を作る。
羽生が語る。
飽和している状態だと、そこからは何も生まれないので、ある程度隙間ができている状態、ある程度空っぽがある状態というか、そういうときでないと集中できないんです。
食べ終わるまで、およそ10分。羽生はまた戦いの場に戻った。
午後7時。対局再開。形勢が動き始めた。森内の攻めが一気に羽生に襲いかかる。羽生は必死に防戦するが、森内の攻めが止まらない。
午後10時半。羽生、投了。森内に3連敗を喫した。一週間後にまた森内との対局が控えている。
勝負の世界に身を置いて20年。栄光の瞬間も、敗北の痛みも、数知れず味わってきた。しかし、35歳の今でも悩みや迷いから解放されることはない。
羽生が語る。
10代20代のときは余計なことは考えないというのがあるんですよね。考える材料もないし、考えないということもある。段々と年齢が上がっていくと、色々なことを考えるようになってくるから、そこに迷いとか、ためらいとかが生じてしまうということがあるんで、ぶれない気持ち、ぶれない心をどれだけ維持するかは、言うのは簡単ですけど、実際ハードルが高いというか、困難なことですね。
一週間後。棋聖戦の予戦で、再び森内と対戦した。
もう負けられない。対局1時間後、羽生はこの日一番の長考に入った。そして、30分考えた末に指した一手は、七八金。通常では王を守るために使う金を、あえて逆に指し大胆な攻めに出た。20年の将棋人生で初めて指した常識破りの一手だった。
いつもと違う羽生の一手が森内を揺さぶる。だが、森内も予想外の手で返してきた。形勢はどちらに傾くか。ここが正念場である。
羽生が振り返る。
常にギリギリの選択をしないといけないので、そこに重圧がかかったりというのはあるんですけど、ただ全力を尽くしているという充実感があるんですね。
羽生は攻め続けた。そのとき、羽生の手が震えはじめた。またあの言葉が思い浮かんだ。玲瓏。信じる一手を指した。
森内が「負けました」。9時間わたる激闘が終わった。
棋士として新たな境地に挑戦し続ける35歳の羽生善治。その果てなき戦いの日々はこれからも続く。
羽生にとってプロフェッショナルとは?
やっぱりなんかこう揺らぎない人、揺らぎない人だと思っています。変わらないというか、核があるというか、誇りがあるというか、つまり本当に大事にしているものを守り続けている、信じ続けているということではないかなあと思います。
本当に大事にしているものを守り、信じ続けることの大切さを羽生さんに教えていただいたような気がする。