【プロフェッショナル 棋士・羽生善治】直感は経験で磨く(上)

NHK総合の録画で「プロフェッショナル 仕事の流儀 棋士・羽生善治」を観ました。(2006年7月13日放送)

いま、将棋界は藤井聡太の話題で盛り上がっている。19歳で、王位、棋聖の2冠。次々と最年少記録を塗り替えた。上り坂である。そんなとき、羽生善治さんを思い出した。50歳の現在は無冠だが、永世7冠を達成し、トップクラスで活躍を続けている。25歳で7冠を達成した10年後、35歳で王位、王座、王将の3タイトルを保持していたときの番組である。さらに、15年が経ったが、羽生さんの将棋に対する了見がわかって、それは今も変わらないのだろうなあ、と思った。その時の記録である。(以下、敬称略)

朝日オープン将棋選手権第2局は仙台でおこなわれた。藤井猛九段との対戦だ。羽生は対局前に目を閉じ、「玲瓏」を思う。透き通り、曇りのない様。雑念にとらわれず、澄みきった心で盤面へ向かう。自らの戒めである。

羽生は30歳を過ぎて、将棋が変わったと言われる。若い頃は千手先を読んで一手を指すと言われた。だが、今はあえて、手を読まない。反射神経が衰え、記憶力が落ちた。手を読むことよりも大事なことに気が付いた。勝負の流れを読むこと。大局観である。

この日、羽生は藤井に攻め切られた。だが、負けても得られるものがあると考えるようになった。対局後の表情は明るかった。負けても、実戦の中に新しい戦術を試せたことに手応えを感じていた。

羽生が語る。

年数を重ねていくと、手堅くいこうとか、無難にいこうとか、そこから何が生まれるのかと言ったら、生まれないでしょうから。非常に良い作戦だから、もっともっと極めて自分の形になるんだったら、まあ、1つ2つ負けることは苦にならないということですね。

第3局は羽生が勝ち、2勝1敗で迎えた第4局は伊豆の修善寺でおこなわれた。藤井は得意の戦術、飛車を横に動かし守りを固めてカウンター攻撃を狙う。藤井システムだ。羽生はこれに対し、驚くべき手を選んだ。あえて藤井システムに飛び込んだのである。藤井が思わず声を漏らした。「なんだ、これ」。対局を見守る棋士からも驚きの声があがった。

棋士同士の対局はときに数十年にわたって続く。その長い戦いの中にも、勝負所がある。それを見極めるのもまた、大局観だ。

羽生が言う。

藤井さんとの対戦はこれからもずっと続いていくので、それはホームランを打たれるかもしれないけど、直球勝負で、といくときもありますね。

一進一退の攻防が続き、終盤へ。

35歳の羽生の大切にする流儀がある。「直感を信じる」。

一七角成。自らの直感を信じ、大胆な攻めに出た。後に退けない藤井は逆に王手をかけた。勝負の山が来た。そのとき、羽生の手が震え始めた。一手のミスも許されない瀬戸際に立ったとき、羽生は手が震える。

114手目。六七角。藤井の王を挟み撃ちにする形を築き上げた。藤井、投了。

羽生がカメラに向かって言った。「いやあ、相当際どかったです」。

勝負が終わった後も、羽生の右手の震えは止まらなかった。

つづく