【プロフェッショナル アートディレクター・佐藤可士和】ヒットデザインはこうして生まれる(中)

NHK総合の録画で「プロフェッショナル 仕事の流儀 アートディレクター・佐藤可士和」を観ました。(2006年1月31日放送)

きのうのつづき

佐藤可士和の名が知れ渡ったのは、ホンダのステップワゴンのCMのアートディレクターとしての仕事である。これで一躍、有名になった。だが、そこまでの道のりは平坦ではなかった。

子どもの頃から絵が好きで、「クリエイティブな仕事がしたい」と多摩美術大学に進学した。大学3年生のときに、現役のアートディレクターが実物のポスターを見せながら広告の現場を伝える授業に興味を持った。社会をキャンバスに自分を表現できる。かっこいいと思った。

博報堂に入社し、大阪に配属された。最新のコンピューターを使い、尖ったことを追求した。ある日、社内の評判が聞こえてきた。「カッコつけてて、格好悪い」。社内の勉強会で、東京の第一線で働くクリエーターたちに自分の仕事をこきおろされた。

佐藤が振り返る。

「なんかカッコつけてて、格好悪いね、コレ」みたいな、「次!」みたいな、一番言われてショックな、スタンスの問題とかを言われて、「根本的に間違ってんのかな、オレは」と。

4年後に東京本社へ転勤。しかし、大きな仕事は来ない。やっと回ってきたのは、RVブームの中で最後発のミニバンだった。先行するライバル社と比べて、際立った特徴のない、広告の難しいクルマだった。

この仕事で佐藤は師と呼べる人に出会った。コピーライターの鈴木聡だ。

鈴木が振り返る。

不良が来たな、という感じでしたね。ジーンズに鎖とかジャラジャラさせて。

鈴木は打合せの席で広告の話を一切しなかった。商品とそれを取り巻く時代について延々と語り合った。なぜ、RVが受けるのか。家族のクルマって何なのか。いま、家族はどうなっているのか。

帰宅は連日深夜になった。帰りのタクシーで一緒になった鈴木と佐藤の二人。毎晩、広告学校が開かれた。

鈴木が語る。

広告というのは何かを演出することだって可士和は思っていたのかもしれない。それまでは。寧ろ、本質に向いていくことなんだと。洋服を着せることではなくて、むしろ裸にしていく。そこにたった一つ残ったものが、そのクルマのユニークセスであり、コンセプトなんだと。

ミニバンのコンセプトはなかなか決まらなかった。ある日、メンバーの一人が言った。「家族と出かける日曜日が苦痛だ」。楽しいはずの家族との外出。それが苦行になっているのはおかしい。このクルマで楽しい家族の時間を取り戻そう。

鈴木がキャッチコピーを決めた。こどもといっしょにどこいこう。

佐藤が言う。

その言葉がポン!と来たときに、パーッと一遍にイメージ出来たんですよね。

佐藤はクレヨンを使って一気にデザインを描き上げた。三日後、広告の試作が出来上がった。

鈴木が語る。

僕はそれを見た瞬間に「コレだ!」と思ったんですね。その瞬間にね、ビックリした。可士和、スゲーなと思った。新しいファミリー向けの何か時代を作るデザインを感じたんですよね。

クルマ本体ではなく、クルマで出かけたときの楽しさを表現したこのCMは大きな話題を呼んだ。年に10万台を超えるヒットになった。

アートディレクター・佐藤可士和の歩む道はこの時に決まった。

つづく