【プロフェッショナル 囲碁棋士・井山裕太】誰が何と言おうと、自分を信じぬく力(中)

NHK総合の録画で「プロフェッショナル 仕事の流儀 囲碁棋士・井山裕太」を観ました。(2014年1月13日放送)

きのうのつづき

井山が山下名人に挑戦する名人戦第5局は、井山の3勝1敗で迎えた。

激しい攻防が続いた、井山101手目。隅を守るのが当然と大方が考えていた局面で、井山は石に気迫を込め、中央に切り込んだ。足がかりがなくても、切り崩せる。その直感を信じて強気の手を打ち抜いた。

井山が語る。

相手の手が全ていい手に見えているようでは、なかなか勝負には勝てないので、誰になんと言われようと自分はこうなんだ、というのがないと駄目だと思う。

ついに井山が中央に地を作り、白の地を大きく減らした。

熱闘、18時間。井山が勝利し、名人位を山下から奪取した。

井山は大阪で一人っ子として生まれた。囲碁と出会ったのは、5歳のとき。テレビゲームのソフトでコンピューターと対戦したのがはじまりだった。みるみる実力を上げ、翌年にはアマチュアのテレビ選手権で強豪を相手に5人抜き。石井邦生九段に弟子入りした。

師匠の方針で「自宅でのびのび育ってほしい」と、インターネットで対局の指導をした。

石井九段が振り返る。

力いっぱい、元気いっぱいに打ちなさいと言いました。そういうことしか、あんまり細かいことは教えませんでしたからね。わたし自身はそんなに才能があったわけじゃないですから。自分の個性を押し付けるとか、そういうことはあまりしなかったんですよね。

8歳で小学生名人になり、12歳でプロデビュー。16歳で飛び級で七段に昇格し、トップ棋士の仲間入りを果たした。

10代の天才棋士。しかし、そこで井山は悩んだ。

百戦錬磨のトップ棋士の前では勝負所で慎重になってしまう。負けられないと気負うほど奔放な手を打ち切れない。大一番で際どい逆転負けが続いた。

死に物狂いで、その壁を乗り越える方策を考えた。読みの正確さを高めようと、徹底的に詰碁の問題を解いてみた。長時間戦う体力をつけようと坂道のランニングもした。

2008年、19歳のときに名人位への挑戦権を得た。相手は張栩名人。井山が2連勝したが、張は平然としている。

井山が振り返る。

張栩さんの打つ手からは自信というか、そういうものが、ひしひしと伝わってきたというか、張栩さんにそういうふうに打たれると、そっちが正しいのかなとかって、というふうに思って

どこを打っても自分の手が悪いような錯覚に囚われる。その感触を払拭できずに負けた。プロになって、井山は初めて泣いた。

最後に自分を信じきれなかったかなという悔しさというか、負けたことに対するというよりも、そういう悔しさというか。

井山は自分に欠けているものにハッキリと気づいた。

自分を信じぬく力。

この悔しさを心に刻み付け、井山の碁は変わった。一手一手、自分はこう打つと、魂をこめる。批判を恐れず大胆に。目指すのは自分を信じぬく揺るがない境地。勝負師としての果てなき修行が続いている。

つづく