【“本山葵” 柳家わさび独演会】「明烏」ウブな若旦那のキャラクターが生きるのも、他の登場人物の演じ分けが出来ているからこそ。

江戸東京博物館小ホールで「“本山葵” 柳家わさび独演会」を開きました。(2021・07・04)

今回、この独演会シリーズをスタートさせるにあたって、プログラムにこう書いた。

わさび師匠は二ツ目時代に、「月刊少年ワサビ」という毎月の勉強会をスタートさせ、真打になった今も継続中です。二ツ目時代はこの勉強会で、三題噺の創作落語をかけることと、古典のネタおろしをすることの2つを自分に課して精進してきました。

コロナ禍によって、「わさびのチューブ」で過去に作った三題噺を配信することを始めて、その新作落語が人気を呼んでいます。その一方で、わさび師匠の魅力は新作だけではありません。2年前の真打披露の大初日にかけた「紺屋高尾」を聴いて、わさび師匠独特のフラを生かした古典落語の素晴らしさを再認識しました。

この会では、過去にネタおろししてから、ほとんどかけたことのない古典落語を一席かけます。そして、わさび師匠独特の古典の魅力を掘り起こす会にできたら、こんなに喜ばしいことはありません。

以上、抜粋。

わさび師匠は落語と向き合うときに、これは古典だからとか、これは新作だからとか、そういう分け隔てをしないで演じていきたいと言っていた。だからこそ、あえて古典しばりにしたこの“本山葵”については、ネタ選びの段階からしっかりと考えていきたいと言う。

「蔵出し」ということに関しても、たまたま長い間かけていなかったネタを拾い出し、「これ、やってみましょうか」と提案いただき、主催者と話し合いながら、ネタを選んでいきたいという有難いお言葉をいただいた。嬉しいことである。

そのために高座は古典2席に集中し、高座以外の部分でお客様に楽しんでもらえる舞台での「趣向」を考えましょうと話した。それが僕に独演会の企画・制作を担当する人間として課せられた「宿題」である。

次回は1月を予定している。さて、どんな趣向をわさび師匠にやっていただき、お客様に喜んでもらうか。乞う、ご期待である。

春風亭貫いち「やかん」

普段よりも長めの開口一番の高座をお願いしたら、きっちりと20分、楽しい根問モノを演じてくれた。前座さんとして毎日気働きしながらも、噺の稽古も怠っていないことが、こういうところで成果として出る。

柳家わさび「臆病源兵衛」

闇が怖いけど、女好きだから昼遊びをしている源兵衛をからかってやろうと仕掛けた八五郎だが…。前半の源兵衛の怖がりぶりが、わさび師匠のキャラにピタリとハマって面白い。後半は、怖がらせようとした八五郎が逆に一升瓶で殴られて気絶、死んだと思われて不忍池まで葛籠に入れられ運ばれてしまう。帷子に三角巾をつけた自分の姿を見て「死んだんだ」と思い込む八五郎が、通行人の会話を聞いたり、周囲の風景を見たりして、「地獄?」「極楽?」と慌てふためく様子も、わさび師匠のフラが実に生きていて面白かった。

柳家わさび「明烏」

時次郎のキャラクターが、初心(うぶ)な若旦那そのもののわさび師匠にぴったり。素直に親父に言われた通りに源兵衛と太助にすべてしゃべっちゃうところ、二人が嘘八百を並べてお稲荷様のお籠りにしようとするのをすべて受け入れてしまうところ。そして、そこが吉原だと知ってからの騒ぎよう。汚らわしい!他にすべきことはないのですか!二宮金次郎という人は!おっかさーん!

だけれども、わさび師匠は自分のキャラにだけ頼っていない。源兵衛と太助、お巫女頭、廓のおばさん、浦里花魁…登場人物をきちんと描き分けている。だからこそ、若旦那・時次郎のウブな部分が一層浮きあがるのだ。愉しく演じていながら、強かに計算を施しているわさび師匠のテクニックが光る一席だった。