【談春アナザーワールドⅩ】「人情八百屋」

立川談春師匠が2010年1月にスタートして、18回にわたっておこなった「談春アナザーワールド」の当時の記録を残していきたい。きょうは2011年6月の第10回だ。

去年からはじめた「談春アナザーワールド」も10回を数え、とりあえずシーズン2の最終回となった。若い頃に一度手をつけたけれど、自分に合わないなと思って演るのをやめてしまった演目を毎回ネタおろしに近い、蔵出しとでもいうのだろうか、そういう試みであった。「鰍沢」や「お若伊之助」など、意外といけるじゃないかと思うものもあったし、「船徳」みたいな誰でも演るような噺が、案外苦手だったりして、興味深い内容であった。今回も家元の十八番である「人情八百屋」は、ほとんど手をつけていなかったのですが、と断って演じていたが、これもまた良かった。ネタの奥行きを深めるだけでなく、幅を広げてみたいという狙いではじまったこの10回のシリーズは成功だったように思う。

立川談春「人情八百屋」
三河島の八百屋の平助が深川清澄町で茄子を商った。10で20文のところ、「半分でいいですか?」と訊く女に事情を尋ねると、亭主が2年、長患いしているとのこと。傍で息子が茄子を生でかじっている。「貧乏とは下には下がいるものだ」と思った平助は自分の弁当と懐にあった300文を渡した。それが7日前のこと。あの一件、どうなったかな?と平助が女房に言うと、「見舞ってあげたら。ありったけのお金、持っていきなよ。諦めちゃ駄目だって。慰めておいで」。

平助が再び深川を訪ねると、家は雨戸が閉まって、貸し屋札が貼ってある。「ごめんください!」。隣の住人が出てくる。「お隣、空き家ですか?」「源兵衛さんか?死んじゃったよ」「おかみさんは?」「おかみさんも死んじゃった。源兵衛さんが死んだ日に死んだ」「男の子がいたはず・・・」「同じことをチビチビ聞くな。一遍に聞けよ。子ども2人は路地の突き当たりの鳶頭の鉄五郎のかみさんが預かっているよ」。

鉄五郎宅を訪ねる。「三河島で青物を商っています平助といいます。源兵衛さんが7日ばかり前に死んだと伺いました」「あんた?よく来てくれた!遠慮しないで、あがって!」。「そうなのよ。父親は舌を噛んで死んだの。母親は首を吊って死んだの。お前さん、あなたが元よ!源ちゃんにお金とお弁当を渡したでしょ?親子4人で手を取り合って喜んでいたら、家主の小板橋喜八郎が来たのよ。質屋をやっていてね、因業大家なのよ。『店賃のカタに出せ』と言うの。『半分だけでお願いします。大人は我慢できますが、子どもは我慢できません。お願いします』『とにかく、よこせ!』。どれだけ切なかったか。どんな気持ちだったか。子ども2人に遊びに行っておいで、と言って死んだんだよ」。

「そこに家の人が帰って来て、『野郎、やりやがった!』と飛び込んだ。皆で滅茶苦茶にしたよ。役人はわかっている。小板橋には罰金が課せられたんだ」。きょうは初七日。訪ねてきた平助に、「よく来てくれました。会いたいと思っていたんです。仏様のお導きよね」。これに対して、平助は憤っている。「出刃庖丁ありますか?300の財布を店賃のカタにするなんて。殺めてやらなくちゃ。どうなってもかまわない!」。なだめるおかみさん。「可愛い子を二人残して、悔やんでも悔やみきれない。お前さんには礼を言いたい。お線香をあげておくれ。それで喜んでくれるよ」。そして一言、「浮かばれないねぇ」。

鉄五郎は子ども2人を連れて、寺詣りを終える。2人は「お汁粉が食べたい」とうので、食わせた。「おじちゃんも食べて」と言うので、食ったら、甘い。「波の花で口を清めてきたところだ」と、帰って来る。「誰だ?あいつは?」「来てくれたのよ、八百屋さんが」。平助は「私が意気がったばっかりに・・・」と、頭を下げる。「お前さん、よくやってくれた。皆、思っているよ。よく訪ねてきてくれた。カカァから残らず聞いた?お喋りだな。俺の出る幕がないじゃないか。長屋の連中で手当たり次第、滅茶苦茶にした。天井は月見ができるように、壁は蛍が見えるように、大きな穴を開けたよ。畳には小便だ。銭箱を盗んだら、盗人になっちゃう。へそが痒い。店賃は元は俺の金。利息の分だけ返してもらった。蔵から羽織。預けたから、返してもらったまでよ。役人もわかっている。死罪なれど、誰もいないならばしょうがない。逃げるなら今だ。役人が言っていたよ。『世の中にはえらい人がいる。ありがたいことだ』って。小板橋には課料金が課せられたよ」。嬉しそうに鉄五郎が話す。

そして、切り出す。「お前さんの了見が気に入った。お互い貧乏だが、心根が尊いよ。兄弟分にならないか?お互いに患っているときに、どうだい、塩梅は?なんていう間柄」「では、私が弟ということで」「お前さん、いくつ?」「47です」「俺は28だ。兄さんになってくれ」。盃を交わす、鉄五郎と平助。「兄さん、頼みがあるんだ。7つになるおたみちゃんと、5つになる源坊。この二人の子どもを預かっているんだが、貧乏でごめんな。1人、預かってくれないか?悪い話じゃないだろう?」「ありがとうございます。預からせていただきます」「雄か?雌か?」「二人とも預からせてもらえませんか?私には子どもがありません。婆さんも喜ぶと思います。辛いことも多いが、嬉しいこともあるはず。姉弟2人いた方がいいでしょう。あとの面倒は鳶頭の鉄さんにお願いします」「影の面倒、裏の面倒は任してくれよ」。

鉄五郎が子どもたちに言う。「聞いたか?きょうからおじちゃんがお父っあんだぞ。産みの親より、育ての親だ。可愛がってもらいなよ」。子どもたちが平助の手をギュッと握る。「いい日を選んで、迎えにきます」。そして、言う。「鳶頭!鉄さん!私のような八百屋風情が子どもを育てていいんですか?」「あっしの稼業は火消しだよ。火付け(しつけ)だけはできない」で、サゲ。立川流の持ちネタを丁寧にキチンと演じて、僕の心に温かいものを残してくれた談春師匠の高座に感謝したい。