【佐野元春のソングライターズ 小田和正】誰の為でもなく、自分の為に歌を書く。自分が歌って気持ち良くなければ(下)

NHK―Eテレの録画で「佐野元春のザ・ソングライターズ 小田和正」を観ました。(2009年7月4日&11日放送)

きのうのつづき

番組では1980年の作品である「生まれ来る子供たちのために」を取り上げた。愛する国を憂い、生まれ来る子どもたちのために何を語ろうというシリアスなメッセージがこめられたこの曲は当時、驚きをもって迎えられた。

佐野が「シングルで出そうとしたとき、レコード会社が文句言ったとか?」と訊くと、小田は「文句は言わせないけど」と言って語る。

たまたまその前のシングルが「さよなら」(ミリオンセラー)だった。「さよなら」を否定はしないけど、自分にとって確かに俺が作ったに違いないんだけれど、いつまでも他人の顔をしているような、それこそ商業的な、これを歌ったら喜ぶのかなという、もちろん歌っていて不快なことはないけど、自分とは距離のある曲で、でもそれが一番最初に売れたシングルだったから。

それに準じたものをレコード会社は考えるし、「さよなら」第二弾の方が売りやすいし、聴く方もそれを待っていたりするから。俺は結構理屈っぽい人間だから、こんなときは「今度はどんな曲だろう?」と聴いてくれる一番のチャンスだと思ったから。

割と本音っぽいものを、同級生に聴かせるような、小難しい、問題提起みたいな。「さよなら」は問題提起してないからね。問題提起するようなものが自分の学んできたものだし、というのが常にあるんだろうね。そりゃ、チャンスだし、それはそれでユニークだし、レコード会社はそこを汲んでほしいなと思うんですけど、全く懐の深さがある人はほとんどいないわけで。今は時代は変わったよ。当時はそういうことはなくて、「何考えているんだ」みたいな「あ、今度はこう来たな」と理解してくれる人はなかなかなかったです。

日本ということをすごく純粋に、やっぱりプライドを持ちたい。欧米は格好いいなと思っている裏で、日本を何とか好きに本気でなりたいと思っていて、こういうテーマは常にあったんですね。この先、いつまでもこんなんじゃ、しょうがねえな、みたいな。割と本音。

シングルとして出しておいて良かったなと。時間が経つとね。それで、当時はウンともスンとも反響がなかったけれども、20年、30年経って、あの歌が好きでしたと言ってもらえると、良かったんだと。

ソングライティング方法論に話は及んだ。

曲から先、が9割9分ですね。詞を先に書くと、何回かやったことがあるんだけれど、詞にピッタリあてはまるメロディーってなかなか自分で曖昧で。もっと違うメロディーがあるんじゃないかって。多分、自分の中でメロディーを犠牲にするってことが、二の次になるのは自分で不快な感じがするんだね。

――これしかないというメロディーが浮かんだ中には、言葉が含まれているじゃないかと信じるんですよ。それを丹念に紡ぎ出すのがソングライターの仕事じゃないかって。

いきなりそういう言葉が見つかるといいけど、例えば「あの日あの時あの場所で」といったときに、メロディーと字数は合うんだけど、「君に逢えなかったら 僕らはいつまでも 見知らぬ二人のまま」って、当たり前じゃん。どこにも、ああそうかというところがないわけで、当たり前のことを言っているだけで、それが果たして皆にどう届くんだろう。自分で歌ってみて、ああいいじゃん、ってすぐにノレる人はいいんだけど、俺はとっても懐疑的だから、これでいいのかな?当たり前だ、説得力がどこまであるのか、いつまでもわからない。何年か経って、「ああ、あれで良かったんだ」っていうようなことが。まあ、その方が多いくらい。

「さよなら」みたいのは、まあハマってるとは思うけど、「さよなら」も最初はさよならする歌じゃなくて、段々近づいていくような歌だったんだけど、それをレコーディングしようと思って持って行った日に、「さよなら」が合うなっと、それならそれで書き直さないといかんなと思って。唯一、アレだけですね、全部書き直して。そうして、ハマってね。

「さよなら」が売れ、アルバム「We are」を出し、次に「over」を出した後、1982年6月30日武道館で解散。「言葉にできない」はその最後に歌う曲になった。その歌詞を佐野は講義の中で、ナマで小田に手書きで書いてもらい、受講生に映像で見せた。ああ、そんな字を書くんだ。その字でその詞を作ってきたんだな。というのが良く伝わった。それは小田がユーミンと財津和夫と3人で「今だから」という曲を共作したときにも感じたことだという。

僕はね、何をやるんでも、才能の溢れ出る、サラサラいっぱい出てくるんじゃなくてね。これとこれとどっちがいいだろう、こっちの方がましか、これはいまいちだな、これよりももうちょっといいのが見つからないかな、これがいいかもしれない、と比較でどんどん直していく、そういうタイプなんですね。皆がサラッと書いているように見えるようなところも、結構試行錯誤しているわけで。諦めないで、もっといいのはないか?というのを、積み重ねですね。

――歌詞でもない部分が、この曲のコアになっていますね。ラララというスキャット。僕達の感情があまりにも言いたいことが多すぎる、あまりにも伝えたい情報がこぼれてしまいそうになると、言葉じゃない、まさに言葉にできない、ラララの部分を繰り返し聴くたびに、ここに横たわっている伝えられない感情とは何か、伝えられない想いとは何か、想像する楽しみがある。

5人のメンバーの解散が決まっていて、そのツアーの最後に歌う歌になるだろうということがわかっていたので、それなりに重みのある曲がほしいなと。詞を書くのがとても嫌なんですね、基本的に。メロディーに対して自然な言葉を探していくということは、本当に大変で、詞を書くのが嫌だと。詞を書かないで済む方法はないかな、詞がない形で伝わる方法はないかな、皆がイメージして膨らましてくれるもの、皆が作ってくれるもの、という中にラララ…の中に皆が見つけてくれるじゃないかと。その感情って何だろう。悲しいこと、悔しいこと、嬉しいことをラララ…に託せば、今までと違う伝わるものがあるんじゃないか。

――ラララ悲しくて、ラララ嬉しくて。真逆の感情が同じくらいにある。そこが小田さんの真骨頂かなと。悲しくての裏側、嬉しくての裏側は僕たちの感情ではないか?理屈ではなく、素晴らしいメロディーで伝えてくれた。

あなたに言われて思い出したけど、「そうか、嬉しくてが最後に来るんだ」と。一人スタジオに残ってピアノを弾いていて、ラララのメロディーの後に「嬉しくて」が出てくると思ったとき、これは届くなと思ったのね。

小田和正が詞が苦手だというのに、詞にこだわる理由。それは小さい頃から歌うのが好きだったからという。歌は歌詞がついてくるものと思っていたから、と。嫌でも、書いているうちに、皆が喜んでくれるのが嬉しいから一所懸命に書くと言って笑った笑顔が忘れられない。

おわり