春風亭百栄「とんがり夢枕」自身の落語への畏敬、愛情、感謝がこめられた新作落語に喝采を送りたい
道楽亭ネット寄席で「春風亭百栄ひとりあそび ボクの部屋」を観ました。(2021・04・22)
百栄師匠は32歳のときに春風亭栄枝師匠に入門した。今の落語協会の規定では入門は30歳までだから、認められなかった。それくらい遅い入門だったが、実は若い頃から落語家になりたいという思いを持ち続けていた。が、落語に対するリスペクトが強すぎて、二の足を踏んで、アメリカに10年近く滞在したり、遠回りをしてしまった。それが逆に今の百栄師匠の栄養となって、古典と新作両刀遣いでともに百栄師匠しか出せないカラーを打ち出し、唯一無二の存在になていると僕は思っている。
この日にかけた「とんがり夢枕」は、2019年11月に落語協会二階での月例の勉強会「もちゃ~ん」でネタおろししたもので、それ以来、僕は聴いていない。
百栄師匠が青春時代から今日まで、ことあるごとに彦六師匠の落語のテープを聴きながら寝ると夢を見て、そのたびに彦六師匠が夢枕に立ち、「お前は良い噺家になる。早く噺家になりなさい。ゆめゆめ疑うことなかれ」と言って励まして消えるというパターンが繰り返され、とうとう憧れの落語家になったというストーリーだ。
高校時代、女の子にもてたいと思っていたけどうまくいかず、落語家になりたいという思いも両親には打ち明けられず、寝る前に彦六「伽羅の下駄」を聴くと眠りにつく。枕元に立った彦六師匠は、声を震わせた「ばかやろう!」というお決まりのフレーズに加え、「どんなにとんがっても、世間に不都合はない」と教えてくれる。「双蝶々」を聴きながら寝ると、枕元に立った彦六師匠は「ばかやろう!まだ江戸へ出てないのか。だめじゃないか」と説教する。
なんとなく東京に出て、銀座のラーメン屋でバイトをしながら、末広亭や東横落語会に行く日々が続く。「ぞろぞろ」を聴きながら寝ると、彦六師匠がまた枕元に立つ。「ばかやろう!フリーターやって、寄席通いをエンジョイしてちゃだめだろう!」。ノリオが「落語を聴きまくって、落語評論家になるんだ」と反論すると、「そんな毛唐の音楽雑誌の編集長みたいなことはお前にはできない。お前は良い噺家になる。ゆめゆめ疑うことなかれ」。厳しく説教しながらも、最後は温かく励ますのがミソだ。
ノリオはアメリカに滞在した。リトルトーキョーの寿司屋で仕事をする日々。帰宅すると、就寝前に彦六「中村仲蔵」を聴く。夢枕に立つのは彦六師匠だ。「お前!どこまで来ていやがんだ!」「観光のつもりが、つい居心地がよくて長居してしまって…」「あたしはお前ととことん付き合ってやろう。必ず良い噺家になるから」。トンガリながらも、最後は優しい彦六師匠である。
「32歳の誕生日、おめでとう!」。友達に祝福されているノリオ。毎日の習慣のように就寝前に彦六噺を聴く。枕元に立つ彦六師匠は、32歳にもなって、何をやっているのか!お前は良い噺家になるのだから、と激しく説く。やがてノリオは栄枝師匠に入門。「鰍沢」を聴きながら眠りについた夜、枕元に立った彦六師匠に「あなたの孫弟子になりました。師匠のお陰です」と報告することができた。ホロッ。
そして、現在。寄席で「露出さん」を演り、爆笑をさらい、満足する百栄師匠。その晩、「紫壇楼古木」を久しぶりに聴くと、彦六師匠が枕元に立った。「ごぶさたしています」「ばかやろう!なんて落語をやってんだ!」とカミナリが落ちる。でも、その彦六師匠はどこか嬉しそうで、「好きにやんなよ」という言葉を残して消えた。
名作である。一昨年11月に聴いたネタおろしから、相当にバージョンアップが施され、百栄師匠の落語や彦六師匠に対する尊敬、愛情、感謝がいっぱいこめられた一席に仕上がっていた。これが落語家生活25周年を自分で祝う高座だったのかもしれない。