【宿命を背負い、歌舞伎に生きる 市川海老蔵】コロナ禍が収束し、十三代目團十郎を襲名する日を心待ちにしている(上)
NHK総合の録画で「プロフェッショナル 仕事の流儀 宿命を背負い、歌舞伎に生きる 市川海老蔵」を観ました。(2018年10月29日放送)
コロナ禍がなかったら、2020年に十三代目團十郎を襲名する予定だった市川海老蔵さん。その襲名発表がされる1年前の放送である。父、十二代目團十郎さんが亡くなって5年、最愛の妻・麻央さんを失って1年が経ち、成田屋の宗家として息子の勸玄さんに伝統芸を伝えるとともに、現代にあった古典芸能への模索を続ける姿をカメラは追った貴重な記録である。コロナにより先行き不透明ではあるが、十三代目を襲名によって歌舞伎界がさらなる盛り上がりを見せることは確かなことである。コロナ退散を思いながら、この番組を大変興味深く拝見した。(以下、敬称略)
この番組の撮影初日から、ディレクターと海老蔵との間に緊張が走った。機動性の高い小型デジタルカメラと、高精細な映像を撮影する4Kカメラの2台が楽屋に入った。これに対して、海老蔵は「狭い空間を撮影するのに、1台でいいではないか」と提案し、小型カメラのみのカメラ撮影にしたのだ。海老蔵らしい極めて真っ当な考え方で、テレビ局の事情など関係ないことだと僕も思う。連日つきまとうクルーの煩わしさを考えたら、このドキュメンタリーを制作することを許可したこと自体、ありがたいことなのだから。
新幹線の車中でのディレクターとのインタビューも面白かった。「最近、(「プロフェッショナル」の)視聴率悪いんだって?」「ええ。先日、勉強のために歌舞伎座に行きましたが、満席ですごいなと思いました」「そうですか。ガラガラのときも多いんですよ。観たい演目と観たい役者によって、購買の力が変わってくるから」。「人気ありますよね、海老蔵さんは」「いや、ファンもいるけど、アンチもいるから。このバランスが大切なんですよ。NHKにもいるでしょう?アンチが」「ええ」「アンチの存在は大切です。100のうち、1くらいは欠陥を指摘してくれるから」。
350年の歴史を誇る團十郎家に生まれた。初代は歌舞伎の原型を作った。七代目が「勧進帳」や「助六」といった歌舞伎十八番を作った。祖父にあたる十一代目は昭和の大スター。そして、5年前に亡くなった十二代目から海老蔵は伝統芸の厳しさを伝えられた。息子の勸玄に英才教育も施し、すくすくと歌舞伎役者の道を進み始めている。このとき、40歳。市川宗家としての覚悟がそこにある。
2018年の歌舞伎座五月興行では、「雷神不動北山櫻」で、五役に挑んだ。粂寺弾正、鳴神上人、不動明王、安倍清行、早雲王子。そこに斬新な解釈を加えることに、自分の使命=荒らす、ことを意識している。演出・振付の藤間勘十郎もその意欲の高さを評価していた。
海老蔵は語る。これは父の教えですけど、我々は伝統文化を変えてはいけないというのが基本ですよね。でも、荒らさないと新しいものができないので、いろんな波風は立つでしょうけども、全部荒らして、その畑が大きければ大きいほど、整える場所というのは大きくなる。そこ(荒らす)に行くことは勇気がいることだし、そのぐらいの気持ちじゃないとできない。多くの人に観てもらうためには、現代という時代に対して自分の存在はどういう位置取りをつけるかということも大事なことなんです。
荒らすことで、芸は深く、大きくなる、ということだろうか。
海老蔵はさらに父について語る。
歌舞伎役者として父のことを思うことが増えますよね。いざいなくなると。「父はどう考えていたかな」とか「どう思ったかな」ってことを想像するが、そこには「答えがない」と。推測というものが私にとって父の存在を生前よりも大きくしているなと感じています。
父、十二代目團十郎は、その父である十一代目から芸を受け継ぐことに、滑舌や発声などの問題で大いに悩んだという。そして、自分が19歳のときに父は亡くなってしまった。他の歌舞伎役者の先輩に教えを請う日々の連続で苦労していたという。
海老蔵が振り返る。誘導尋問があって、3歳ぐらいのときに、歌舞伎役者にならないのかっていう話をされて、「なる」と言っちゃったんでしょうね。で、「あの時にあなたは、やると言いましたよ」っていう話はよくされましたね。
十二代目團十郎のインタビュー。その名を継いでいいのかな、ここで潔く、どなたか力のある相応しい方に譲るべきじゃないのかなとも思いました。でも、私は「私」なんですよ。その時代にそれだけのものを成し得た方々というのは、その人の努力、運によってその名前を大きくしたわけですよね。これはやっぱり、その人自身なんですよね。
成田屋の芸を受け継ぐ姿。團十郎としての覚悟。十二代目團十郎は57歳で白血病となり、入院を繰り返したが、何度も舞台に戻ってきて演じた。そして、66歳で亡くなる直前まで舞台に立った。
つづく