春風亭柳枝「明烏」目黒のお坊ちゃまのニンに合った若旦那はまるで「初天神」の金坊のように純朴だ。

新宿末廣亭で「九代目春風亭柳枝真打昇進襲名披露興行」を観ました。(2021・04・05)

柳枝師匠の披露目は鈴本の大初日に続いて2回目である。鈴本では「子別れ」を聴いたが、もう一日は「愛宕山」だったそうだ。末廣は「明烏」、3日後には「妾馬」をかけたと聞いた。いずれも、披露目のトリに相応しいネタが並んでいて、いかに二ツ目時代に研鑽を重ねたかがわかるし、それを見事なまでにやってのける実力に才を感じる。この後、浅草、池袋、国立演芸場と続くわけだが、ますます期待が膨らんでいる。

口上の司会は五明楼玉の輔師匠。やたら「お坊ちゃま」「大家の若旦那」をデフォルメする紹介が愉しい。まずは、常任理事のさん喬師匠が挨拶。前座の頃から気働きの利く可愛い前座だったと言ってから、柳枝の名前に引っ掛けて、「大木は風が強く吹くと意外と簡単に折れてしまう。だけれど、柳は風を自分のものにできる」と形容し、「ムッとして帰れば風の柳かな」と「天災」でおなじみのフレーズで締めた。

会長の市馬師匠は「江戸時代から続く大名跡。落語協会にとどまらず、落語界、演芸界を背負って立つ一枚看板になる」とハンコを押した。そして、師匠の正朝は鈴本のときに続いて入門エピソードがエスカレート。「私は師匠に入門するために明治学院大学に入りました」とまで言ったと(笑)。後ろ幕が明治学院大学落語研究会OB会から贈られたものだったが、これはOBのイラストレーターがデザインしたものだと、立ち上がってデザインを熱をこめて説明する。なんでも、柳枝の横顔を線で表しているそうで、そう見えなくもない。「芸は間違いない」と師匠自らが太鼓判を押す。これはすごい。

まめ菊「狸札」/一花「やかん」/マギー隆司/きよ彦「憧れ。」/こみち「洒落のお清」/仙志郎・仙成/小八「チハヤフル」/琴調「人情匙加減」/二楽/玉の輔「都々逸親子」/市馬「穴泥」/中入り/口上/にゃん子・金魚/正朝「宗論」/さん喬「真田小僧」/小菊/柳枝「明烏」

若旦那・時次郎がまさに九代目のニンに合った噺である。冒頭の稲荷祭に行って、子どもたちと太鼓を叩いてきました、というところ。ドンドン、カッカ!と夢中になっている様子が想像できて、これじゃあ、身代は任せられないと思う親父さんの気持ちがよくわかる。吉原をかじって、世間の風にあたるのも「勉強」なのだ、本ばかり読んでいるのが勉強ではないのだ、という親心だ。

純で素直な若旦那のキャラと「町内の札付き」源兵衛・太助のコンビのカラーが対照的ですごくいい。「親父がナリが悪いとご利益が薄いと言っていました。こんな風でよろしいでしょうか?」と、羽織を着た若旦那が両手を目一杯に広げるところは爆笑した。この純粋無垢が可愛い。

兎に角、若旦那がこれまでに見たことのないものに沢山出会うので、その度に取るリアクション、表情が実に可笑しい。階段を昇って行ったら、花魁が居て、簪を何本も挿している頭や、来ている派手な着物の様子にビックリしてしまった若旦那の表情は必見だ。「ここは日本の悪所、吉原ではないですか!」。途端に、泣きじゃくってしまう若旦那は、まさに親父が「身代が譲れない」と心配する子どもである。

宴席での若旦那は一人うつむき、畳にのの字を書くばかり。盛り上がらない。源兵衛と太助に頼まれて、おばさんが登場し、花魁部屋へ案内するところ。「あなたは、こんな職業をして恥ずかしくないのですか?」に、さすがにおばさんも「傷ついた」と言うのが可笑しい。挙句の果てに「二宮金次郎という人はー!」と浦里花魁の部屋に強制連行するさまは、「初天神」の「団子買って!」と駄々をこねる金坊と同じだ。

翌朝が最高だった。太助が菓子棚から甘納豆を見つけて「朝の甘みは乙だね」と言っている場合じゃない。「坊ちゃん、帰りますから、起きてください。花魁も起こしてやりなよ」「主、お起きなんし」「ほら、花魁が起きろと言っているんだから。図々しいね」ときて、若旦那が吐く言葉。「花魁が足で挟んで起きられないんだよお。やーめろーよお!」。この「やーめろーよお」が最高に笑ったフレーズだった。

九代目柳枝は師匠・正朝の言う通り、「芸は間違いない」。