【志村が最後に見た夢】志村けんは人間の喜怒哀楽が描けるコメディアンだった(上)

NHK総合の録画で「プロフェッショナル 仕事の流儀 特別編 志村が最後に見た夢」を観ました。

志村けんさんが新型コロナウイルスで亡くなって1年が経った。番組でも一周忌に合わせて、NHKに残る膨大な資料と新たな証言を基に、「人を楽しませることに生涯を捧げた男が遺したもの」を探っていた。非常に素晴らしい番組だった。番組では、「となりの志村」でコメディアンの新境地を拓いたこと、「変なおじさん」や「バカ殿様」に代表されるベタな笑いへの執着、そして人間の哀愁を描ける喜劇俳優としての存在、この3点について順を追って考察していた。僕もこの番組から得たことをこの3点に絞り込んで、3日間書いてみたい。(以下、敬称略)

2015年に「となりのシムラ」がはじまった。志村が語る。「素では俺、そんなに面白くないんですよ。それがカツラとか、役とか、その人になると何かできるのね。それで、大胆なことができる気がする」。その志村が定番のキャラクターやギャグを封印し、扮装すらぜず素顔で挑むコント番組だ。これが大変に面白い。

演出の吉田照幸が言う。「やっぱり扮装とか、カツラとかして、初めてスイッチが入るものを、全く無しで、サラで出て行って笑いを作るっていうのは、自分の芸そのもので笑いを取らなければいけないというのは、ものすごい緊張感とか、あったんじゃないかと思います。『志村けん』っていう看板を脱ぎ捨てて、脚本のとこも『志村康徳』でって、言われたんですね」。

普通のおじさんの哀愁漂う面白さ。ありふれた日常を舞台に、みんなが共感できるリアルな笑いを追求した。大切にしてきたものは、「誰もが笑えるか」。志村けん著「変なおじさん」でこう書いている。

やっぱり僕は、子どもが見ても、大人が見ても、年寄りが見ても、笑えるコントがやりたい。もちろん笑いには、いろんな形があっていいから、どれがいい悪いって話じゃない。ただ僕は笑いには今も昔もなくて、普遍的なものだと思っている。

この番組で流れ、僕も好きなコントが2つあって、一つは阿部サダヲと二人で山深い蕎麦屋を目指して行くんだけれど、生憎休憩時間で2時間ほど待たなきゃいけない。志村は待つというが、阿部はその近くにあるピザ屋で済まそうという。志村は譲らない。「カレーが食べたいときは、胃がカレーを待っているんだよ。そんなときにラーメン食べられるか?」「食べられます」「冷やし中華は?」「食べられます」というやりとり。もう一つは、今どきのコーヒーショップに志村が入って着座するも、店員が来ない。「水もメニューも来ないのか!?」と店員に言うと、「当店はカウンターで注文してください」。で、「ブレンド」と言うと、若い女性店員は「は?」。「コーヒー屋なのに、ブレンドもないのかよ?」「コーヒーですか。では、カフェラテ、カフェモカ、カプチーノがあります」「普通のでいいよ」「ミルクは普通のもの、低脂肪乳、無脂肪乳、ソイがあります」「ソイ?」というやりとり。めちゃくちゃ笑った。

志村のインタビューから。「遅くなって寝ようとするんだけど、『あ、そうだ。あそこ、どうしようかな』って、自分で不安なところが10か所くらいあったりするんで、そこを台詞を考えにいったりとかね。いろんなものが出てくるんですよ。『ああ、どうしよう』もう寝ようと思うんだけど、ふっと『どうする、あそこ』とかって、もう不安で寝られなくなっちゃうんですよ。結構、気が小さいんですよ、こう見えても。まだ何かないかな、これでもか、これでもか、考えて考えて、やっと、まあいいかなと思ってこの辺でというのじゃないとできないんですよね。ウケなかったら怖いっていうのがあるんで。だから、とことん考えて考えて、緻密に計算してやっていくんですね」。

演出の吉田照幸。「僕の中での志村さんの特徴はやっぱり、『受け』なんですよね。ツッコミじゃなくて。自分がボケるときよりも、相手が何か言ったときの受けが絶妙で、娘に無視されたときのちょっと悲しそうな顔をするのが笑えるっていうのは、やっぱりほんとうに喜劇ですよね。これは芸が無いと笑えないものだと思います。それはみんな志村さんのここに出てる奥底にある悲しみっていうのを笑いに変えられるっていうのは、志村さんの真骨頂だと思いますね」。

ドリフターズ時代とは違う志村が本当にやりたかった笑いがそこに垣間見える。

「お笑い関係の方とやるときは『ああ、この辺だな』っていうのが分かるし、なんとなく計算はつくんですけど、すごい役者さんとかだと自分の中の描いているものよりも、どう来るのか分らないんですよ。僕の中では、そっちから来るのかっていうのが、非常に緊張するし、また楽しいですね」。

「となりのシムラ」は全6回放送され、志村さんの亡くなった後に1本のDVDにまとめられ発売された。ドリフターズ世代の僕は何度も見て、その笑いのクオリティーの高さと完成度に感嘆した。是非、ご覧いただきたい。