【大鵬 あなたはなぜ強かった】心技体が揃った相撲を見せてくれた大横綱は天国で何を思うのか(下)

BS-ハイビジョンの録画で「大鵬 あなたはなぜ強かった」を観ました。(2005年1月3日放送)

※きのうのつづき

昭和45年、アポロ11号月面着陸。大阪万博開催。その翌年の夏場所、大鵬は引退を発表した。5日目に当時の新鋭、小結・貴ノ花に敗れ、決意を固めたのだった。二子山親方となった貴ノ花が振り返る。「ゴムまりのように跳ね返される横綱でした。大鵬という人生にファンは熱狂したのでしょうね。力士として成長していく生き様に喝采を送っていたのだと思います」。大鵬は「(若手に託すべき)そういう時期に来ていると感じた。潮時だと思いました」。

番組では引退相撲のために作られた甚句を元大勇と元呼び出し永男が披露した。

天に羽ばたけ9万余里をよ 恩賜の心をそのままに 受けて飛び立つ土俵上 不屈の闘志で突き進み 史上で初の最年少48代横綱大鵬が 残せし記録は数知れず 32回の優勝と45戦の連勝と 王座に座る14年 大鵬時代と謳われて 飾る廻しを心技体 相撲歴史に名を刻む 類稀なる名力士 数多のファンに惜しまれて 菊の香りを残しつつ 本日引退大相撲

大鵬こと納谷幸喜は現在のロシア領サハリンのポロナイスク、南樺太敷香でボリシコ・マリキャンと納谷キヨとの間に生まれた。人口4万人の港町だった。生まれた昭和15年は皇紀2600年記念式典に沸いた年。そこから、幸喜と名付けられたそうだ。その後、母親とともに幸喜は北海道内を転々とする。稚内では営林署で働き、身体が作られた。植林の際に笹を刈り取る作業が、得意のすくい投げに通じたと言われている。

大鵬は少年時代を振り返り、「自然の素晴らしさを知ることができた。あの時代があったから、相撲社会で辛いと思ったことはない」。樺太から北海道に引き挙げたとき、その船が帰り途、魚雷で撃沈されたと聞き、肝を冷やした。夕張にいたこともある。当時は炭鉱の町として10万人で賑わったが、大鵬の活躍は炭鉱夫たちの心の励みになったという。弟子屈川湯地区には相撲記念館(現在は大鵬記念館)があり、優勝トロフィーのレプリカや化粧まわしなどが飾られている。

平成15年12月。大嶽部屋の部屋開きが行われた。大鵬親方が定年まで1年半となり、娘婿の元貴闘力の大嶽親方が、後を継ぎ、大鵬道場大嶽部屋を興したのだ。そのときの映像を見ると、大嶽、大鵬のほかに、北の湖理事長、二所ノ関一門から佐渡ヶ嶽親方(元琴桜)などの姿があるが、大嶽は賭博問題で相撲協会を解雇になり、ほかの親方も天国へ逝ってしまった。貴乃花親方、横綱・朝青龍の姿もあるが、角界を去ってしまった。翌初場所に新十両が決まった大鵬部屋の露鵬も大麻問題で解雇されている。一日千秋の思いだ。

番組の最後に、大鵬に色紙に好きな文字を書いてもらった。「忍」と「夢」。まさに相撲道の柱になっている言葉だと思う。夢に向かって、耐え忍ぶ。辛抱すれば、必ず夢はかなうと信じること。無理偏にゲンコツ。ちゃんこの味が滲みてきた。相撲界でよく使われてきた言葉だが、時代とともに大相撲を取り巻く環境も変化した。スポーツとしての相撲と、神事としての相撲。相撲は両面を持った不思議な存在であることに、僕は小学生の時代から興味を持った。また、多少の暴力を含めた「しごき」に耐えてこそ、力士は育つのだと思っていた。ただ、21世紀に入ったころから、状況は一変した。

相撲に限らず、現代社会における常識が変化してきている。会社組織で働くことに対する、意識も激変している。セクハラ、パワハラ、コンプライアンス。何を基準に生きていけばいいのか、わからない時代ではないか。高度経済成長期のような、ガムシャラに働く猛烈サラリーマンを美化するつもりはないし、過労死は無くさなければいけない社会問題だ。だが、それを一律に取り締まる万能なルールはない。仕事、もっと広く言えば生活、暮し。これらは皆、人と人とのつながりで形成される。その絆のようなものを杓子定規に測ることはできない。

価値観多様化の時代、何を信じ、何を糧に生きていけばよいのか。それは、「自分自身」としか言いようがないように思う。相撲社会が特別な社会ではないと思う。極端な言い方をすれば、相撲社会はその縮図のような気がする。大鵬が信じ、貫いた価値観は、令和に時代には「時代外れ」と思う人もいるだろう。だが、そこにカケラでもいい、ヒントを見つけることはできないか。それが、令和、さらに次の時代における道標となる。そうだ、自分で道標を作るしかないのだ。

番組のラストコメントを記して、終わりたい。

16歳で北海道から上京し、直径4メートル55センチの丸い土俵の中で、ひたすら追い求めた夢。戦中戦後の日本で、困難に耐え、努力を重ねた末に、大鵬はその夢を掴みました。忍、そして夢。高度経済成長期の中で、多くの日本人が自分の今と未来を大鵬に重ね合わせていた時代でした。

おわり