神田阿久鯉「慶安太平記」から「戸村丹三郎」連続物の一話を読むだけでも、圧倒的な充足感が得られる。それが講談の魅力かもしれない。

上野広小路亭で「女流花便り寄席」を観ました。(2021・03・26)

神田阿久鯉先生が「慶安太平記」の中から「戸村丹三郎」を読んだ。圧巻だった。戸村が柳生宗矩に取り立てられるが、剣術の自信のあまり、柳生をしくじり、油井小雪の元に辿り着くまでを丁寧にたっぷりと聴かせてくれて、満足感溢れる高座であった。

諸国武芸修行をしている戸村丹三郎は、品川宿の花屋で三日居続けをする。若い衆の喜助に「懐がさびしくても、あなたのようないい男なら花魁が立て引くから大丈夫ですよ」という口車にのって、上がったわけだが、いざ勘定という段になって、そういう理屈は通用しない。だが、戸村は喜助の言葉を盾に、「無一文だ」と頑として譲らない。困った喜助は主人の花屋定五郎に報告にいく。

花屋主人が戸村に事情を聞くと、自分は赤穂の浪人で武芸修行の旅をしているという。武家奉公の口があれば、中間でよいから世話してくれないかと言う。花屋は人入れ稼業の元締め、金田屋政五郎に紹介する手紙を書き、2両をつけて渡す。戸村も満足して、宿を出る。

武芸で身を立てたいと願っている戸村。京橋五郎兵衛町にある政五郎を訪ねると、柳生但馬守宗矩を紹介するという。剣術の腕前だけで、1万石を貰っている旗本だ。戸村は「伝助」という名で、木挽町五丁目にある柳生の屋敷を訪ね、中間として取り立てられる。庭掃除の時には道場で稽古する門弟たちを眺めるのが伝助の楽しみになった。いつか、先生に稽古をつけてもらいたい。

ある日、浅草に行くお伴で伝助も宗矩について行った。すると、駕籠に乗る宗矩に酔いどれ三人組が絡んできた。伴の者は誰も手出しをしない。そこで、伝助がこの酔いどれたちを投げ棄て、退散された。

後日、「お殿様から沙汰がある」と呼び出された伝助こと戸村丹三郎。「望みを叶えてやる。いくら欲しいか」と訊かれ、伝助は「金銀は要らない。剣術をご伝授願いたい。力を認めて頂けたら、取り立てをしてほしい」と答える。これに対し、柳生宗矩はカチンときた。下郎の存在にあるまじき生意気な発言だったのである。「生兵法は大けがの元。所詮、お前は井の中の蛙だ」。

それでも伝助はひるまない。その場に着座し、打ち込んでみよ、と居座る。宗矩にはますます生意気に見えたのだろう。暇を申し付けた。伝助の自信過剰は裏目に出たわけである。

というわけで、伝助こと戸村丹三郎は柳生宗矩の屋敷を後にした。そして、最終的には牛込にある由井正雪の張孔堂に身を寄せ、幕府転覆の謀略の一味になるのであった。

全19話ある「慶安太平記」だが、連続物として聴くのも面白いが、このように一席単独で読むのを聴くのも、また魅力的である。阿久鯉先生の技量ゆえだからこそだと思うが、そこに講談の醍醐味もあるような気がした。