【弁財亭和泉真打昇進披露興行】現代社会に深く切り込んで、ユーモアに変換する。創作落語の旗手として先頭を走り続けてほしい。

鈴本演芸場で「弁財亭和泉真打昇進披露興行」を観ました。(2021・03・22)

前日の柳枝師匠の披露目に続いて、権太楼師匠の口上が心に響いた。「落語家は一目上りの商売です。歌すみ、粋歌、そして和泉と名前が変わった。粋歌で馴染みになったお客様も多いでしょうが、和泉としてはこれからです。3年くらい前から、この人は現代的な良い落語をやるな、と思っていました。インパクトも強い。古典落語には教科書があるが、新作はその規範から外れる。それが面白いとなると、本物です」。

こう褒めたあとさらに続けた。「私がNHKで『お達者くらぶ』という番組をやっていたとき、相方に三崎千恵子さんがいました。寅さんの店のおかみさん役の女優さん。この方は、私からしたら先生と呼ばなくちゃいけないんだけれど、どうしても『おばちゃん!』と呼びたくなるフラがあった。この和泉にもフラがある。個性がある。和やかな雰囲気にするキャラクターを持っている」。それを横で前に手をつきながらニコニコしている晴れやかな和泉師匠の顔を見て、とても嬉しい気分になった。

正蔵師匠は「自分にも何人か女性の弟子がいるが、彼女らが目標にしたい先輩として、この和泉を尊敬し、慕い、『粋歌姉さん』と呼んでいる様子を見ています。自分の言葉で自分の作品でお客様を楽しませる才能が彼女にはあります」と。市馬師匠も「女流の草分けは師匠・歌る多さんですが、そこで厳しく鍛えられた。よくやってきました。弁財亭という亭号は今はたった一人です。新作にアイデアが泉のごとく湧くようにということでしょう」と褒めた。

最後の師匠・歌る多の口上は素晴らしかった。「彼女が入門したのが、05年。今でこそ、ようやく女性が落語家になる門戸が開かれましたが、あの頃はまだ、すきま風が吹く程度しか開かれていなかった。考えて考えて考え抜いて、私のところへ入門しました。すると、楽屋では男性の師匠たちが親切にしてくれ、可愛がってくれました。いわば、楽屋の師匠たちが“よってたかって”こしらえてくれたようなものです。これからはその恩返しをしなくてはいけません」。自分が高座でかけた「町内の若い衆」にひっかけて、女流の厳しさを苦労して乗り越えた和泉師匠を讃えたのが印象に残った。

「他行」松ぼっくり/アサダ二世/「寿限無」白酒/「町内の若い衆」歌る多/にゃん子・金魚/「新聞記事」正蔵/「芋俵」市馬/橘之助/「長短」菊之丞/中入り/口上/ストレート松浦/「不精床」権太楼/「加賀の千代」一之輔/正楽/「影の人事課」和泉

和泉師匠は世の中の風を察知するのが敏感である。それは流行とか、風潮とか、そういう表面的なものではなく、社会の芯の闇、真相に深く切り込んでいるという意味である。「影の人事課」を僕が初めて聴いたのは2013年の暮れ。それから8年近くが経ち、ここ数年は働き方改革とか、職場環境の向上とかが口やかましく叫ばれている。しかし、実態は一向に改善されていないのが実情だ。

いくら制度を創設しても、法律を作っても、世の中の働く人たちの本当の意識が変わらなければ、真の働き方改革は実現しない。残業時間を減らそうと、ノー残業デーを作っても、結局はサービス労働が増えるだけだ。政府は何にもわかっちゃいない。プレミアムフライデーしかり、ハッピーマンデーしかり。セクハラやパワハラだって、相談窓口を設けたところで、減る気配もない。

和泉師匠は会社員から落語家になった。上に書いたようなことを十分に理解している。それを声高に訴えるのではなく、落語というユーモアに変換して世相を斬る。働く者にエールを送る一席となっている。これはこのテーマだけではなくて、「ひきこもり」「老老介護」「高齢者ドライバー」…多岐にわたるテーマを取り扱っている。和泉師匠は「社会派」などとはさらさら意識していないだろうし、そう言われるのを寧ろ嫌がると思うが、彼女の新作は深い。心に沁みる。

ただ笑ってもらえればいい。だけど、本当はだだ笑うだけじゃないメッセージが籠められている、それが和泉師匠の新作落語だ。これからも、そんな落語を創り続けてほしい。