【九代目春風亭柳枝真打昇進襲名披露興行】「正太郎らしい柳枝じゃダメなんです」代々継承された大名跡をさらに大きくするスタートを切った。

鈴本演芸場で「春風亭柳枝真打昇進襲名披露興行」を観ました。(2021・03・21)

大初日である。口上での権太楼師匠の正太郎改め九代目柳枝に対する言葉が温かくも厳しく印象に残るものだった。「前座、二ツ目の頃からメキメキと力をつけ、頭角を現していたのはわかっています。だからこそ、この大名跡を継ぐ責任を重く感じてほしい。皆が、誰が継ぐんだろう?と期待していた名跡ですから。正太郎らしい柳枝、じゃダメなんです。初代から八代目まで受け継がれてきたものを、しっかりと心をこめて継いでほしい」。

さらに続けた。「こぶ平が正蔵を継いだときもそうでした。こぶちゃんの芸風ではもうダメなんだ。それは、おじいちゃんの正蔵や、稲荷町の正蔵の重みを受け止めなければいけない。彼は一所懸命精進しました。だから、九代目柳枝も正太郎のままじゃいけない。九代目はすごいね、と言われるように努力をして、お客さんに見てもらう。そして、育ててもらう。その意気がないといけない」と。

市馬師匠も「62年ぶりの大名跡というプレッシャーを自分の力に変えなくちゃいけない。團十郎や歌右衛門と同じ、伝統と歴史を背負っている名前だ。そのためには自分一人ではなく、お客様のお引き立てを賜って、その名前を大きくして、十代目へ繋いでいってほしい」と期待を述べた。

師匠の正朝は15年前の入門エピソードを紹介。「大学の後輩で落語家になりたいという男がいるから相談に乗ってほしい」と落研の顧問に言われ、相談にのるだけのつもりだったのが、「誰の弟子になりたいのか」と訊くと、「師匠の弟子になりたい」と言う。「ヨイショはいいから、本当の気持ちを言いなさい」と言っても、「師匠の弟子に」の繰り返し。じゃぁ、というので初めての弟子を取った、と。自分の師匠・柳朝は放任主義だったが、逆に自分は丁寧に育てたいと思い、毎日、朝9時に自宅に来るように、と通い弟子にした、とも。

「寿限無」左ん坊/アサダ二世/「マキシム・ド・呑ん兵衛」玉の輔/「祇園祭」正朝/にゃん子・金魚/「桃太郎」圓太郎/「藪医者」市馬/橘之助/「親子酒」菊之丞/中入り/口上/仙志郎・仙成/「不精床」権太楼/「長屋の花見」一之輔/正楽/「子別れ」柳枝

柳枝師匠の「子別れ」は(下)の「子は鎹」の部分。番頭さんが熊さんのところへ、茶室を作る木口を見に木場へ行こうと誘うが、これは実は旦那と番頭が相談をして、「先のおかみさん」と復縁をさせようとする作戦の序幕だったことが後になってわかる。息子の亀吉と再会する直前、番頭さんが「確か、この辺りだったな」と小さくつぶやき、そこで聞き手は気づく仕掛けになっている。亀吉と明日の鰻屋の約束をして別れた熊さんが、傍にいた番頭さんに「番頭さん、ありがとうございます。もう、木場に行く必要はないんでしょう」・・・「お陰様でいい木口を見せてもらいました。ありがとうございました」という台詞が印象的だ。

こまっしゃくれた亀吉が可愛く感じる人物造型も、柳枝師匠ならでは、だ。再婚しているのだと思っていた熊さんが「夜に来るおじさんがいるだろう」と言うと、「焼き餅ですか?」。「子が先にできて、親が後からできるなんておかしいや。ヤツガシラじゃありまいし」といたずらっぽい口を叩くところも可愛いが、子どもらしい描写も泣かせる。

熊さんに近づき、鼻をクンクンさせた後、「酒の匂いがしない!」。吉原の女郎はたたき出したと聞くと、「一人かい?寂しいだろ?」。お小遣いに50銭も貰うと、「苦労はしてみるもんだな」と言いながらも、「鉛筆、買っていい?」と訊くところや、ベーゴマでお屋敷の坊ちゃんに勝ったのに額にコマを投げつけられ、血が出て傷になったと告白するも、おっかさんに「痛いけれど我慢しなさい」と言われ、「あたい、つらかったんだぞ!」と叫んだところは、思わずに涙がこみあげた。

鰻をご馳走になる約束をして、これはおっかさんには内緒だぞ、男と男の約束だぞ、と指切りげんまんをするところで、また感極まってしまった。

九代目柳枝師匠のセンスの良さ、語り口、リズムとメロディが好きだ。その芸でたくさんの噺を聴きたい。正太郎時代にもたくさん持ちネタを増やしていたが、もっともっと聴きたいネタが沢山ある。楽しみだ。