柳家さん喬「鰍沢」三味線を効果的に使った演出で、サスペンスに富むスペクタクル落語に痺れた。

国立演芸場で「さん喬十八番集成」を観ました。(2021・03・09)

柳家さん喬師匠の「鰍沢」に痺れた。都合3箇所の恩田えり師匠の三味線が入り、噺に緊張感を高めた。冒頭、大川屋新助が身延山に向かう途中、吹雪に遭い、命を落とすかもしれないと思いながら、ようやく灯がともる人家を見つけるところまで。次は人家に住む女性が新助がお世話になったことのある熊造丸屋の月之兎花魁だと判り、心中をしたと聞いたけれどもと尋ねると、心中のし損ないだと首筋の切り傷の理由を説明するところまで。そして、最後は痺れ薬で動けなくなった亭主の敵をとってやると、雪が止み、月が煌々と照らす中、お熊が「旅人、待ちやがれ」と鉄砲を持って新助を追いかけるところまで。事前にしっかりとした打合せをして、お囃子さんと演出の工夫をするさん喬師匠の高座にかける思いに打たれた。

吹雪で道に迷う新助は父親の菩提を弔いに身延へお参りに行く途中だった。合羽を着て、笠を被るが、あまりにも酷い吹雪で、「この雪の中で死ぬのか」と覚悟するくらいだ。サクッ、サクッという雪を踏みしめる音が効果的だ。あばら家を一軒見つける。燃える火が見える。南無妙法蓮華経とお題目を唱えながら、その人家を訪ねる新助。「この雪で難渋しております。鰍沢へはどう行ったらよいのでしょうか」「鰍沢?どこへどういったらよいか、わからないね」「宿はこの辺りにありませんでしょうか」「わかりませんよ」。そこに住む女の反応は極めて冷たい。

「凍え死にそうです。お助けください。土間の隅で構いません。お泊めくださいませんか」。ようやく女は心を開く。「食べて頂くものはありませんが、よかったらお入りなさいな。おあがりなさい。火が何よりの馳走ですから」。新助は戸を開けて中に入り、炉にあたる。あたりにあった小枝を折って、炉にくべる。炎の向こうには女。色白で鼻筋が通って、なぜこんな綺麗な女が山家にいるのか?と不思議に思うくらいだ。

「命拾いができました」。と、女の顔を落ち着いて見る。「お江戸の方では?」「いたこともあります。吉原にいたことも」「熊造丸屋の月之兎花魁では…?」。この名前が出た途端に、女の顔に緊張が走る。「おまはん、誰?」。新助は答える。「3年前の酉の市の晩、花魁が相手になってくれました。仲間が酒癖が悪くあばれたのを、仲に入っていただいて。一晩、愉しく過ごしました」。と、新助は言うと同時に、女の首筋に切り傷があることに気づく。

ここで三味線が入る。「すぐ御礼に伺おうと思ったのですが、父親は堅物で。ようやく行けたときに、月之兎花魁を指名したら、『花魁は心中した』と。神も仏もあるものか、と思いました。それで遊びが嫌になった。親父には喜ばれましたが。でも、人というのはいい加減なことを言うんですね」。すると、女は「心中はしたんですよ。そのときの傷がこれで。生薬屋の若旦那と足抜きして。日本橋で晒しものになるところを、裏から手を廻して、あっちへ逃げ、こっちへ逃げ、して。ようやく、ここに落ち着いたんです。それでも、追っ手が来るんじゃないか、ビクビクして生きている。ごめんなさい。さっきはつれないことを言って。堪忍してくんなまし」。雪はまだ降っているようだ。

事情を聞いた新助は手土産がわりに幾らかを渡そうとしたが、生憎財布に細かい金がない。胴巻きから小判包みを取り出して破き、小判2、3枚を懐紙に包んで女に渡した。「何かつくりましょう・・・と言っても、ここの地酒は美味しくないんです。ああ、玉子酒を作って差し上げましょう」と女は立ち上がる。

「身体が温まるでしょう」と勧められた玉子酒を新助は飲む。「縁というのは不思議ですね。命を助けてもらって、玉子酒をいただいている。今の亭主は、そのときの?」「はい。熊の胆で膏薬を作って売り歩いています」「あなたは吉原のときは極彩色の美しさだったが、今は墨絵の美しさだ。狂言作者が聞いたら、黙っていないでしょうね。その身を隠そうがため、亭主は熊の膏薬売り…」。新助は玉子酒を飲み、「これで結構です。身体の芯まで温まりました」。

新助は心無しか呂律が廻らない口調で、「疲れが出たようで、先に休ませていただきたい。本当はご亭主が戻ってくるまで待たなくちゃいけないんですが」。女は「大丈夫かい?」と心配しながら、部屋の隅に敷いてある煎餅布団を案内し、新助は布団をかぶって寝てしまった。

亭主に飲ませるはずだった酒を新助に飲ませてしまったので、女は酒を買いに外へ出る。それと入れ替わりに亭主が帰ってきた。炉の前に坐ると、玉子酒を見つける。「いやだ、いやだ。亭主がいない間に玉子酒か。手に取るな、やはり野に置け蓮華草だ」。言いながら、残った玉子酒を全部飲んでしまう。しばらくして、女房が帰ってきたとき、亭主は動くに動けなくなる。「背中から火箸を突き付けられた痛みが走る」。「玉子酒を飲んだ?あれには、痺れ薬が入っていたんだよ!・・・旅人が泊まりに来て、胴巻きに40~50両ほど持っていたから。こいつを巻き上げちゃおうと思って。お前さん、いつもこんなところでくすぶっていられない。金さえあれば、京へ行って商いができる、と言っていたからさ」。その間も、「助けてくれ」と苦しむ亭主。

この物音に気付いた新助は「えらいことになった」と、身体を勢いよく壁に当て、外へ逃げ出す。小室山で求めた毒消しを口に含み、雪をほおばり、痺れを和らげる。荷物を取りに戻ったところで、女に見つかる。雪道を倒こつ転びつ、逃げる新助。女は「お前さんの仇をとってやる」と鉄砲を抱え、「旅人、待ちやがれ!」と追いかける。雪は止み、月が煌々と照らす。南無妙法蓮華経とお題目を唱え、逃げる新助。

前は崖。後ろは鉄砲。万事休す、と思った瞬間、足元の雪もろとも川へ落下。筏の上へ。持っていた道中差が藤蔓を切り、流れる筏。女は鉄砲を構え、狙いを定める。念仏を唱える新助。筏はバラバラになり、新助は一本の木にしがみつく。火縄銃が放たれるが、新助の横をかすめ、岩に当たった。「ああ、お材木で助かった」。

雪の中の寒さ、命拾いの喜び、元花魁との再会の嬉しさ、だが玉子酒という罠、必死で逃げる雪道。サスペンスに富むスペクタクルとでも呼ぶべき圓朝作品を、三味線を実に効果的に使って、演劇的に演出したさん喬師匠の手腕を堪能した。