【続々・あのときの高座】③柳家喬太郎「そば清Q」(2013年4月13日)

おとといから、過去に聴いて印象に残った高座をプレイバックしています。きょうは、2013年4月13日@ザ・スズナリの「ザ・きょんスズ」から柳家喬太郎「そば清Q」です。以下、当時の日記から。

この公演はマクラもたっぷりだった。変幻自在。縦横無尽。自由奔放。「この会は私が好き勝手にやらしてもらえる会ですから」。日大落研時代の思い出、東横線高島町の悲哀をはじめとする鉄道各駅のキャラクター化、大師匠・小さん門下の大食らい伝説、立ち食いソバにまつわるあれこれ・・・。可笑しかったのは、落語会に臨むスタンスについて。主催者が「喬太郎さん、きょうは好きなようにやっていいですよ」と言われ、本寸法のマクラを振って、本寸法の古典落語をしっかり演じたら、「きょうは普通でしたね」と言われたと。好きなようにというのは、自分の思うようにということではないか。要は「弾けてください」ということだったのか。誠にもっともな話である。泥棒の噺には泥棒のマクラ、若旦那の噺には若旦那のマクラ、粗忽者の噺には粗忽者のマクラ。それぞれ昔から伝わる定番のマクラがある。そのマクラを振って、噺に入ったら、「きょうはマクラも振らずに、落語に入った」と言われる。喬太郎がいつも喋っている雑談をマクラだと思い、それを要求される。誠に不条理な話である。この公演では日頃言えない噺家・柳家喬太郎の胸中をさらけ出してくれたのが非常に嬉しかった。

柳家喬太郎「そば清Q」
軽快に蕎麦をすすり、10枚をペロッと平らげた男。「おいしゅうございました。いかほどで?ごちそうさまでした。どーも!」と去っていく。それを傍で見ていた、町内の男は感心し、「凄い食いっぷりだね。10枚の蕎麦で顔色ひとつ変えないよ。凄い人だね。あの人は、どういう人なんだろう?近づきになりたいね」。で、賭けを提案する。20枚食べられたら一分あげる、食べられなかったら一分もらう。

翌日、男がやってくる。「どーも!」。「こちらへいらっしゃい」と町内の男たちが呼ぶと、「お蕎麦が好きなんです。こちらの蕎麦は舌に合います。これから、どうぞ、お見知りおきを!」。「賭けをやりませんか?」「え!?“もり”を“かけ”にするんですか?」(笑)「20の蕎麦を食えますか?」「こちらの店は一枚の量が多いんですよ。20なんて数はとんでもないことで」「どうです?食べたら、一分あげましょう。食べられなかったら、一分もらいます」「じゃぁ、引っ越し蕎麦のつもりで・・・やりましょう」。

目の前に並べられた20枚の蕎麦。「ありますねぇ。なかなか頂けないなぁ。残すと思います。笑わないように、お願いします」。そして、食べ始める。何と、恩田えりの鳴り物入りだ。「美味しいんですここは。蕎麦なんて噛むもんじゃないと言われますがね」・・・「私は噛みます。粋じゃないんですね。でも、噛む。」・・・「汁も結構つけます。辛いので結構。薄い方が蕎麦の味を楽しめると言いますが、だったら汁はいらない」・・・「生まれ変わったら、蕎麦になりたいくらい」。蕎麦をすする合間に喋るのだが、三味線の演奏に乗って、腹を揺らしながら、リズミカルに調子よく蕎麦をたぐる仕草が楽しい。「大将、あと何枚?・・・え!?20、やってしまった?」・・・「お喋りに夢中になっているうちに、お蕎麦の方から入ってきて」。そして、「あ!?一分?ごちそうさまでした!どーも!」と言って、一分を貰って、颯爽と去っていく。

町内の連中は唖然。そして、「悔しい!今度は30枚で二分だ!」。翌日、また男がやって来る。「どーも!え!30?何をおっしゃいます!人間には限度があります」・・・「昨日はあの後、七転八倒の苦しみだったんですよ。とてもじゃないけど、蕎麦が見たくない。でも、足が向いてしまいました」・・・「しょうがないなぁ。笑っちゃいけませんよ。いじめだなぁ。やだやだ、こわい」。そう言って、男は引き受ける。蕎麦が30枚、ズラーッと並んだ前で、男は昨日より早いスピードで平らげていく。三味線の演奏も早くなる。「入りますね。あんなに見たくなかった蕎麦が入る。身体の調子でございます」・・・「天丼だったら、こうはいかない。あなた方も、召し上がってください」・・・「お蕎麦は美味しい。誰が作ったんだか」。そう言いながら、もはやそれは蕎麦を食っているようには見えない。で、「え!?30?そうですか?あいすみません。二分?悪いなぁ」。で、「はい、どーも!」と、あっさり、二分取られちゃった。

「冗談じゃない!」と憤慨する町内の連中を見て、笑っている男がいる。「あなた方、面白い遊びをしているね。世の中が不景気な時に、懐が温かいなぁと思ってね。あなたたち、本気で賭けを?え!?今のあの人、知らないの?知らないで、遊んでいたんだ。それじゃぁ、カモだ。蕎麦の清兵衛、そば清さんですよ。賭けで家を三軒建てたという。普段は40までは平気でやるそうですよ。赤子の手をひねるようなものですよ」。狐につままれた顔をする町内の連中。「よし!今度は50で一両だ!」。

翌日、「どーも!」と涼しい顔をして店にやってきた、そば清さん。「来たよ。人が悪いね。あなた、そば清さんでしょ?」「私の名前は小原正也」(笑)「賭けで家を二軒建てたそうじゃないですか。だったら、言ってくれなきゃ。40までやるそうですね。きょうは腹を決めたよ。一両!そのかわり、50だよ!やるかい?」「50?いけない。きょうは、ちょっと野暮用を思い出しました」。そう言って、そば清さんは逃げ出してしまった。

そば清さんが商用で信州へ行った。里を目指して歩いていたが、山中に迷い込んだ。湖に出た。(ここで「白鳥の湖」の演奏が入る!)。湖畔でガサガサと音がする。太くて大きなものが目の前に現れる。正体は大蛇だ。口をグワーと開けた先に、狩人が鉄砲を構えている。息を飲んで見ていると、狩人が引き金を引く前に、蛇が狩人を飲み込んでしまった。大蛇はあっちへドタン、こっちへドタンと、のたうち回って苦しんでいる。そのうち、赤い草をチロチロと嘗めると、大蛇の腹はおさまった。「コレだ!胃の薬だ!ありがたい!」。清兵衛さん、人間を溶かした草を持って、江戸へ帰った。

再び、蕎麦屋。「どーも!」と、いつもより強気で、そば清さんがやって来る。「おぅ!久しぶりだな!元気でいたかい?前の約束を。50でもって、一両!蕎麦の清兵衛だよ。名前がすたる。やってやろうじゃないか!」「できるかい?」「誰に言っているんだ!俺は蕎麦の清兵衛と言われた男。50で引っ込むわけにはいかないんだ!食わしてもらう。戦いだ!戦だ!」「俺たちが悪かったよ」「ふざけるな!てめえらから言い出した勝負を今さら」「ごめんなさい。俺たちが悪かった」「気づくのが遅い!」。50枚の蕎麦賭けが始まった。ものも言わずに、明らかに本気を出している、そば清。鳴り物(ウルトラQのテーマ)も激しくなる。物凄いスピード!蕎麦の方から口に飛び込んでいくようだ。35、40、42。このあたりから、様子が変わってきた。「どうです?」。苦しい。45枚で少し弱ってきた。「腹が破けそうだ。俺の腹から出た蕎麦で蕎麦まみれになれ!」。48枚で肩で息をしている。手づかみ。「蕎麦じゃない?顔に塗りたくっているよ」。吐き出しそうになる。満腹状態で動きが取れない体勢。49までいった。

「もう、やめよう。お金のことは忘れて、仲良くしよう。同じ人間じゃないか」と言う周囲の男たちに、清兵衛は「情け、かけるねぇ!賭けは50で一両だ!俺は蕎麦の清兵衛だ!」。そば清さんは「薬味を使わせてもらうよ。これさえあれば。お前たち、知らないだろう?」「一層、美味くなるのかい?」。草を舐める。「薬味と言ったよな?別に食っているよ。美味いかい?」「これさえあれば、あと1枚の蕎麦くらい何ということはない」「執念だね・・・オイ!清兵衛さん!様子がおかしいぞ」「負けるわけにはいかない。蕎麦の清兵衛だから」。身体が崩れていく。「俺は蕎麦の清兵衛ぇー」「清兵衛さん、やめてくれ!目玉、落ちた!鼻が崩れた!ドロドロに溶けていくよ!」。「アッ!清兵衛さん!・・・見ねぇ、蕎麦が羽織を着ている」。「皆さんも身の回りに生えている見たことのない赤い草には十分お気をつけください」と石坂浩二風ナレーションでサゲ。

「どーも!」という掛け声とともに颯爽と現れ、20枚、30枚の蕎麦を鳴り物に乗って、スピーディに平らげてしまう、そば清の軽妙なキャラクターと楽しいお喋り。そして、その食いっぷりに驚愕し、熱狂する町内の連中の面白さ。それ以上に、清兵衛さんが蛇含草によって溶けていく様子をおどろおどろしく克明に描写し、「ウルトラQ」風の演出でサゲた師匠の独創性。この「そば清」は2010年4月の「扇辰・喬太郎の会」でネタおろし。その後、9月の「古典こもり」で、鳴り物を入れたウルトラQ風演出にして度肝を抜いた。それ以来の「そば清Q」である。3年ぶりに再会できたことが嬉しかった。