【続々・あのときの高座】②春風亭一之輔「明烏」(2010年12月19日)

きのうから、過去に印象に残った高座をプレイバックしています。きょうは2010年12月19日「いちのすけえん、国立」@国立演芸場での春風亭一之輔「明烏」です。ちなみに、一之輔さんは2011年秋に真打抜擢が発表され、翌12年3月に単独で真打昇進を果たしています。以下、当時の日記から。

春風亭一之輔。平成21年度NHK新人演芸大賞、文化庁芸術祭新人賞、その実力は折り紙つきだ。何回も繰り返して日記に書いているが、そんじょそこらのヘッポコ真打より圧倒的に面白いし、上手い。およそ60人いる二つ目の中では群を抜いていて、落語ファンの中では3年くらい前から、俄然注目を浴びていた。真打昇進は、このまま年功序列でいくと、3年かかるが、今年抜擢で昇進すれば21人抜き。そんなことがあっても、全然おかしくない実力なのだ。だけど、今の落語協会にそういう英断はできないと思うけど。いま、乗りに乗っている一之輔さんが念願の国立演芸場での独演会で、満席のお客さんを大いに満足させた落語会だった。

春風亭一之輔「明烏」
稲荷祭に出かけて、お煮しめが良く炊けていたので、おこわを菓子盆に13杯おかわりした。ガキ大将と一緒に太鼓を叩いて遊んだ。「お兄さん、行くよ!ドン!」「お兄さんも負けないよ!カッ!」「そうはいくか!ドンドン!」「負けないぞ!カッカッ!」「ドンドンドン!」「カッカッカッ!」。無邪気な若旦那が可笑しい。「お前は堅い。堅すぎます。書物ばかり読んでいて、病にでもなったら、どうするんだ?何でも過ぎるのは良くないよ。お前は二十歳になる地主の倅だ。お父っあんにもしものことがあったら、身代を引き受けてもらわなきゃならないんだ。裏のことを知らなきゃいけない。遊んでくれると嬉しいよ。社会を知りなさい」と、堅物の息子を心配して説教する親父の台詞、ごもっとも。「観音様の裏手に流行るお稲荷様?・・・ある!お父っあんも一緒に行きたいくらいだ。私などは十七の頃から、日参したものだよ」と言う親父が楽しい。ナリが悪いとご利益が薄い、と結城の紬を出して着せてやり、役者みたい。そして、お賽銭が少ないと、ご利益が薄いと、財布にたっぷり入れて渡す親心。中継ぎの段取りの説明を一通りして、「きょうは、お籠もりだ。ゆっくりしておいで」。

親父に頼まれた「町内の札付き」源兵衛と太助が「親なんて、因果な商売だね。息子が堅いと悩み、軟らかいと気を揉む。俺は親になりたくない。俺は親にならない算段をするよ。子どもが産まれたら、『どうも、はじめまして!お父っあん』と呼びかけていれば、そのうち、その気になるよ」なんて会話をしているところに、時次郎が全力疾走でやってくる。「ナリが悪いとご利益が薄いと聞きました。これでよろしゅうございますか?」と無邪気に聞く時次郎が可笑しい。「初めてなので、お籠りをして来いと。お付き合いいただけますか?」。中継ぎの段取りを、親父に言われた通りに話し、源兵衛と太助が「お願いしまーす!お世話になりまーす」。「あなた方は、町内の札付きです。後が恐い」と言われた二人は「俺たち札付きだもんね。悪の権化。町のダニ。噛んじゃうぞぉー」とするところが、笑える。

雑踏を歩きながら、「皆さん、お稲荷様へお籠りの方たちですか?」と問う時次郎に、「お詣りの方も」と答えると、「お詣りだけ?信心が足りないと思います!」。「御利益があるんでしょうね。皆さん、笑顔でキラキラと輝いている」とも。見返り柳と大門を見ても、ここがお稲荷様だと信じて疑わない純真無垢な若者、時次郎。見返り柳が御神木だと聞くと、一礼二拍手するのが可愛い。「お巫女さんの寄宿舎」に行っても、丁寧に「私、日本橋田所町日向屋半兵衛の息子で、時次郎と申します。今晩、3名にてお籠もりにあがりました」と挨拶する。お巫女頭の女将も、その気になって、「綺麗な方でいらっしゃる。これなら、お巫女さんたちも大喜びでございます!」。この時の笑いを我慢している女将の表情がいい。「ご挨拶が遅れました。私がこの寄宿舎のお巫女頭でございます!」。

二階へ続く梯子段を上って、引き付けの部屋に入ると、さすがにどんな堅物でも、ここはお稲荷様ではないことぐらいの見当はつく。「源兵衛さん!ここはお稲荷様ではありませんね!嘘です。ここは口にするのもけがらわしい、吉原というところでは!女の人が通った。あれは女郎というものでは!『青少年吉原入門』の36ページに載っていました、図解入りで!」。「親父に頼まれて連れてきた。万事心得ているのだから心配するな」と必死に説得する源兵衛。しかし、時次郎は言うことを聞かない。「とんでもないことでございます。遊べるわけがない。帰ります!帰らせて頂きます!親父は承知の上かも知れませんが、親類一同、皆、堅いんです!」と泣き叫ぶ時次郎に困り果てる。

そこに、太助の機転。「別にいじゃねぇか。お父っあんには、お世話になったけど。若旦那の歳の時分には、あっしは吉原に行きたい!と泣いていましたよ。帰ればいいけど、この吉原に法というものがあるのを御存知で?大鳥居、あれは大門というんですがね、あそこの番所で髭を生やしていたおじさんがいたでしょう。あの人は帳面にきちんと記録しているんだ。『確か、あの男は三人連れできたはず。胡散臭い!』ってんで、止められて縛られるんだ。それが吉原の法だよ」。「な!」と同意を求めると、「え!?そうなの?いつそうなったの?」と鈍感な源兵衛。「俺の目を見ろ!三人で来た、大門で止められる、だろう?」「あぁ、そうそう」。ようやく気づいた源兵衛は「止められるよ。この間は、平安時代から止められている人がいたよ」。「大門までお送り願います」と頼む時次郎に、「歩み寄りませんか?座敷で一杯やる、そこまで付き合ってくださな」と源兵衛。「まだ、お酒?どれだけ飲んだら、気が済むんですか?世界中の酒を飲み尽くすんですか?どこまで、ふしだらなんだ」と嘆く時次郎が可笑しい。

時次郎も歩み寄り、お引けまで待って、お座敷までは付き合うことに。芸者、幇間が入って、陽気になるはずのお座敷は、時次郎のせいで、陰気一色。「なんでしょうね、ここは。女郎買いに来て飲んでいるというより、親戚の叔父さんの通夜みたい」。一人、床の間に向かって、目からポロポロ涙をこぼしながら、畳にのの字を描いている時次郎。「俺たち、何か悪いことしている?」と愚痴も言いたくなる、源兵衛と太助。そこに、おばさん登場。「若旦那、花魁がお待ちかねですよ」「誰ですか?あなたは!こんなところで働いて、人として恥ずかしくないのですか!」。白けわたる座敷。「女性なら、実のある仕事をしなさい!ナイチンゲールという人はクリミア戦争で3000人という人を癒したんですよ!」「この吉原にも、3000人という女郎が」「助けてください!」ズルズルズルと引っ張られて、「おっかさーん!」という悲鳴とともに、浦里花魁のいる部屋に放り込まれた。

翌朝。振られた源兵衛と太助の二人。源兵衛が「珍談、珍談!あの昨夜の堅物が泊まったそうだよ!夜中に男の悲鳴が2度聞こえたって」「嫌な噂だね」。早速、時次郎の部屋へ。「若旦那、お迎えにあがりましたよ!」。二人とは待遇が違う次の間付き。太助は茶箪笥を空けて、甘納豆を食う。「朝の甘味は乙だね。濃い宇治でもありゃぁ、言うことなし。女には振られて、清らかな身体で帰れる。明日からは、いい職人になろう!」と呟く太助が可笑しい。そして、時次郎とご対面。「おはようございます。いかがでした?お籠もりの具合は?」「大変結構なお籠もりでした」。浦里花魁が「お起きなんし、若旦那」と言っても、起きない時次郎。「図々しいよ、若旦那」「花魁は口では起きろと言いながら、布団の中で私の身体をギュッと抱きしめて離さない。苦しぃ」。この「苦しぃ」の台詞が何とも可笑しい。

源兵衛が「甘納豆なんて食っている場合じゃないよ!」と言うと、太助はまだ甘納豆を食いながら、「なんで昨夜、そういう了見にならなかったの?ナイチンゲールがあなたの姿を見たら、どんな感想を言うと思っているの!」。痺れを切らした源兵衛と太助は「若旦那はゆっくりしていきなさい。俺達は、もう帰ります!」「帰れるものなら、帰ってご覧なさい。大門で止められる」で、サゲ。「青少年吉原入門」36ページ図解入りと、ナイチンゲールが登場した一之輔版「明烏」に大いに笑った高座だった。