【続・あのときの高座】②柳家さん喬「髪結新三」(2013年4月29日)

きのうから過去に印象に残った高座をプレイバックしています。きょうは、2013年4月29日。「さん喬・喜多八 男(ワル)づくしの会」@紀伊國屋ホールの公演からです。以下、当時の日記から。

喜多八「居残り佐平次」。師匠の持つ独特のフラと主人公・佐平次のお調子者のキャラが見事にマッチして愉快な高座に。さん喬「髪結新三」。CDでは円生。生の高座では三三。それ以外では聴いたことがなかったので、さん喬師匠がどう演じるのかに興味津々。新三が、雨の中、豹変して忠七を突き倒す場面。鳴り物入りの芝居台詞が格好よかったぁ。

柳家さん喬「髪結新三」
紀伊国屋文左衛門の番頭は、独立して新材木町に白子屋を興し、材木商となった。店は大きくなったが、放蕩息子の庄三郎がいたが勘当して、娘のお熊に婿を貰い、その持参金で店を継がせた。ところが、この又四郎という男が仕事は一生懸命だが、醜男。お熊は、「背筋にむしずが走る」と全く相手にしない。実は、お熊には恋仲の男がいた。番頭の忠七である。実にいい男で、相思相愛だから、又四郎と寝ることは拒否するのも当たり前なのである。ある日、回り髪結の新三がやってきた。お熊の髪を直していると、あまりにいい女なので、何とかならないかと考えた。「男が迷う色気を持っている。この女をものにしたい」。お熊の袂にある手紙を見つけた。忠七宛てに「夫に嫌気がさした。あなたと一緒に暮らしたい。私を連れて逃げておくれ」という内容の恋文だった。

「番頭さん、頭直しましょ。すっかり夏ですね。忠七さん、連れて逃げておやりなさいよ」「何のこと?」「お嬢様ですよ。お熊さん」「何で、私が?」「とぼけないで。承知している」「何を馬鹿なこと」「とぼけるなよ。心得ている。お嬢様から言われている。旦那に嫌気がさした。顔を見るのも嫌だ。婿入りした又四郎さんはいい男じゃない。金がモノを言って、所帯を持った」「変なことを言わないでおくれ」「頼まれているんだよ。それを読みなさいよ」。手紙を渡す。「富岡辺りに一軒、夫婦暮らしにいい家がある。後は上手いことやってやるから。お熊さんはそれほど思っている。男だろう?」「新三さん!」「任せておきなさい。うまい具合に和国橋まで連れて、下職の勝奴に駕籠で運ばせます。後はあっしと家に来れば、誰にも知れやしない」「本当にそうしてくれる?」。裏工作がまとまる。

お嬢様は勝奴の用意した駕籠で永代橋から深川へ。一方、忠七と新三は二人で家に向かう。「色々とすまなかったね。骨を折ってもらって。お蔭で一緒に暮らせるよ」。雨が降ってきた。照り降り町で大黒傘という傘を一本買う。「新さん、本当にありがとうね」。ところが新三は尻をはしょって、一人で傘をさして先に歩き始めた。「新さん、待っておくれ。濡れるじゃないか」「濡れるとも濡れないとも、勝手にしなよ。この傘は俺が買ったんだ。離れろ!」「勘弁してくれよ。先に行かれたら、お前さんの家がどこかもわからないよ」「俺の家で何を?」「お熊さんが待っている」「お熊さん?」。ここで、新三の顔つきが豹変する。性質の悪い悪党の顔になる。そして、冷たく吐き捨てるように言う。「お嬢さんがお前を待っている?だから、お前はテレスコなんだ。お熊と俺はとうの昔に出来ているんだ。お熊を連れ出すために、お前に片棒を担いでもらったんだ。俺が渡した手紙を真に受けやがって。お熊と俺はとうの昔に出来ているんだ」「そんな馬鹿な。騙したな!」「騙したんじゃない。ハナからそういう話だよ。それをノコノコついてきやがって。帰れよ!」。さん喬師匠の表情が新三の冷酷さに重なる。忠七は新三にしがみつくが、振りほどかれ、突き飛ばされ、ぬかるみに倒された。

「これよく聞けよ、普段は得意場を廻りの髪結、いわば得意のことだから、うぬのような間抜け野郎にも、ヤレ忠七さんとか番頭さんとか上手をつかって出入りをするも、一銭職と昔から、下がった稼業の世渡りに、にこにこ笑った大黒の、口をつぼめた傘も、並んで差して来たからは、相合傘の五分と五分、轆轤のような首をして、お熊が待っていようと思い、雨の由縁にしっぽりと濡れる心で帰るのを、そっちが娘に振りつけられ弾きにされた悔しんぼに、柄のねえ所に柄をすげて、油ッ紙へ火のつくようにベラベラ御託をぬかしゃがると、こっちも男の意地づくに覚えはねえと白張りの、しらをきったる番傘で、うぬがか細いその身体へ、べったり印をつけてやらぁ」。鳴り物入りの芝居台詞がピタッと決まる。額に下駄で顔を叩かれ、血まみれの忠七。「ざまぁみやがれ!」と新三は永代橋をカタカタと去る。雨は容赦なく打ちつける。「騙しやがったな!」。

翌日は五月晴れ。「大変なことになった!盗まれた!お店のお嬢様が。拐かされたんだよ」「誰に?」「髪結の新三だ」「あいつ?いけすかないと思っていた。拐かして、どうする?」「決まっているじゃないか。亭主がいようが、いるまいが、手篭めにされちまったんだよ」「えらいことだ!」。白子屋の抱え車力の善八が10両を持たされて、深川の新三の家に掛け合いに行った。新三は「そんな目腐れ銭で誰が渡せるか!」といなしてしまう。「どうしよう?まるで絞め殺すような顔していた。怖くて逃げてきた」と、困った善八は女房に相談する。「お奉行所は?」「それじゃぁ、白子屋のお嬢様が手篭めにされたと世間に知らせるようなもの」「いい手はないかな?」。すると、葺谷町の弥太五郎源七親分に頼めと言う。「悪い奴には悪い奴が言い聞かせるのが一番」と女房。「ヤクザは金がなきゃ、動かないよ。弥太五郎親分は聞いてくれるかな?」「万が一、親分が引き受けなかったら、その時はおカミさんだよ。雌鳥勧めて、雄鶏時を作る、だよ・・・ちょっとお待ち。この菓子を持ってお行き」「それはお店から貰った」「菓子とお嬢様とどっちが大事なの?」。

善八は源七親分の家を訪ねる。「ごめんください。親分は?俥力の善八が来たと伝えてください」「俥力の善八が来ました」「馬鹿野郎!呼び捨てにするな!善八さんとなぜ言えない!」。どっかりあぐらをかいて、太目の煙管を吹かしている親分。「上がって」「親分!」「善八さん!久しいね。達者かい?」「これ、坊に差し上げてください。土産の菓子です」「何か用かい?」「えらいことになりました」「承知していないわけじゃない。勘当になった白木屋の若旦那のことでしょ?」「違うんです」。善八は正直にすべてを親分に打ち明ける。「本当かい?」「お嬢様が可哀相です。何とか助けてやりたい」「人がいい、気が弱いじゃぁ、駄目だ。悪い奴には悪い奴だと」「お前さん、いい人だね。何とか助けてやりたいが、知っての通りの渡世人。相手がヤクザや侍なら刀は抜ける。が、素人に抜けない。こればかりは、どうにもならない」と、やんわりと断る親分。すると、「じゃぁ、雌鳥ですね・・・女将さん、親分に頼んでください。もし、坊ちゃんが同じ目に遭ったら」「お前さん。どうにもならないの?」「刀を抜かなきゃ、話にならない」「涙を流して頼んでいるんだよ。お前さんは江戸で何本の指に入る親分だろう?何とかしておやり」。この一言で、親分は「わかりました。新三のところへ連れていけ」。

弥太五郎親分は善八を連れて、新三の家を訪ねる。「ごめんよ!」「親方、大変だ!吹矢町の親分がお見えになった」「弥太五郎親分?・・・どうも、若い衆を使いに出して頂ければ、こっちから出向きましたのに。勝!何している!座布団!」「新三、お前のところに白子屋のお嬢様が来ているそうだな」「ええ」「長い短いの話じゃない。短い話で済まそう。この10両を受け取って、お嬢様を渡してもらおう。話を聞いてくんねえ」。すると新三は「聞いてますよ。俺とお熊はとうの昔から出来ているんだ。亭主に嫌気がさして、一緒に暮らしたいと向こうから言ってきた話だ。惚れた弱みで。それで連れてきた。拐かしたんじゃない。それが、家が汚いだ、飯が不味いだ、アレが食いたいだ。挙げ句の果てには帰りたい。命懸けで引っ張ってきて、帰りたいと言われても、帰すわけにはいかない。そうでござんしょ?男には男の意地がある。一月、二月いれば、世間もアレは夫婦だと認める。熨斗を付けて返すつもりだ。喜んで連れてきたわけじゃない」。親分も痺れを切らす。「長い短いの話じゃないんだ。10両でお嬢様を返せ。この通り。弥太五郎源七がお前に頭を下げて、話をしているんだ。何も言わずに、お嬢様を返せ。俺の顔を立ててくれ。つまらない意地を張らずにウンと言え!」。こうなると新三も黙っていない。「何を抜かしやがんでぃ!源七だとぉ、大きな顔するなぁ。誰に口を利いているんだ?こっちは入れ墨の新三だ!斬れるものなら、斬れ!そんなことで怯えるお兄さんとお兄さんの出来が違うんだ!」と啖呵を切る。「親分、刀は抜いちゃいけない!」「善八さん!」「てめえが頭を下げたら、何でもモノが通るのか!」「親分が抜いたら、お嬢様がどうなります?勘弁してください」「抜かないよ。善八さん。抜きやしないよ」。弥太五郎親分は脇差しを抜きかかったが善八に止められ、歯ぎしりしながらその場を退却。「新三!今の台詞、忘れずに生きていろ!」「一昨日、来やがれ!」。

親分は腹わたが煮えくり返る思い。「親分、すいません」「だから、この話は受けたくなかったんだ」。そこに、新三の家主だという六十過ぎの爺さんが現れた。「もし!失礼ですが、吹矢町の親分では?」「弥太五郎源七です」「長屋を収めている長兵衛です。大家です」。そして、「長屋を一回りしていたら、大きな声が聞こえました。話は聞きました。あの馬鹿野郎。とんでもないことをして。しかし、さすがは江戸でも五本の指に入る親分。刀を抜かなかった。よく堪えてくれました。あんな奴を相手にすると、格に傷がつきますよ。私の家はすぐそこです。お近づきの印にお茶でも差し上げたい。話したいこともあります。お越しいただけば、箔がつく」。「婆さん、お客様だよ。吹矢町の親分だ」「おや、まぁ。よくお越しを」「親分、感心しました。あっしだったら、叩き斬っているところです。素人には手を出さない。大したもんだ。どうでしょう?私が間に入って、この話を収めさせてもらいましょう」「うまくまとまれば・・・」「さきほど10両とおっしゃっていた。白子屋が10両じゃぁ、暖簾に傷がつく。30両ばかりでどうです?・・・では、30両お誂えください。それから、新しい駕籠を一丁用意してください。後は任せてください」。

善八が店から30両を用立てる。駕籠も用意した。そして、家主は新三の家へ。「いるかい!ごめんよ!新三!」「大家さんですか」「上がらせてもらうよ。お前のところに白子屋さんのお嬢さんがいるって?30両預かっているよ。30両で返してやりな。30両で転びな」「冗談じゃない。好きでやったんじゃない。連れて逃げてと言われて来た。それが、今更帰りたいとは。男の意地がある」「大層な鼻息だな。30両で転びな」「30両の端金!」「馬鹿野郎!そんなことで筋が通るか?いいから、30両で転びなよ・・・一体、いくらあったらいいんだ?」「500両!」「ハッハッハッハ!豪勢に言いやがったな。女を拐かして、手篭めにして、美味しいことして、500両!?いい度胸をしているな」「あっしはお熊に頼まれて・・・」「馬鹿野郎!そんなことで筋が通るか!」「通るもなにもない。入れ墨新三、男の意地だ」「どこに意地が?入れ墨?気の利いたこと言うな。お奉行様が死罪獄門にするところ、お慈悲で助けてもらったんじゃないか。南町奉行から北町奉行まで、おぉお前かと話が通る大家だ。そんじょそこらの大家とは違うんだよ!入れ墨者は値打ちがないんだ。人間じゃない。お前がなぜ長屋にいられる?俺が一言言えば、江戸の長屋には住めないんだぞ。江戸に住めないようにしてやろうか?30両で転びな。悪いことは言わない」。

「ようがすよ」。この新三の一言で「話は決まった」。「善八さん、お嬢様の縄を解いてあげて」。お嬢様は駕籠に乗せて、白子屋に送り返す。「番頭さん!」「とんだお気の毒を。お人形のようにいい育ちをしてきて」。一方、大家と新三。「骨を折らせやがって。おぉ、初鰹じゃないか。そんな季節だな。高かったろう?三分二首?こんな鰹が?二首の店賃も払えない奴が豪勢だな。半分、くれないか?」「いいすよ」「ありがとよ。この鰹も半分?卸したら、貰いにくるから」「大家さん、ちょいとじゃない!」「これはいけない。すっかり忘れていた。アイヨ、取りな」「これ、15両」「30両だよ!わからない野郎だな!二人で30両だろ?半分貰うと言ったら、いいと言ったろう?鰹も」「エ!?冗談じゃない」「店賃が溜まっているから、もう5両」「残り10両!?ハナから弥太五郎の話を聞いておけば・・・」「暑くなってきた。いい天気だ。後で婆が取りに来るから」。ニコニコ笑いながら帰る家主・長兵衛にぐうの音も出ない新三であった。

お熊はお店に帰ったが、番頭の忠七のことが忘れることができずに、亭主の又四郎を殺害。死罪になった。江戸市中引き回しは、黄八丈を着て、馬に乗っておこなわれ、その美しさは評判となり、黄八丈が流行したといいます。髪結新三という噺でした、でサゲた。忠七vs新三。弥太五郎源七親分vs新三。そして、家主・長兵衛vs新三。唾を飲み込むのさえ忘れてしまうほどの、緊張感溢れるやりとりは圧倒的な迫力があって、聴く者を噺の世界にグイグイと引き寄せていく。素晴らしい高座だった。