【続・あのときの高座】①春風亭一之輔「らくだ」(2010年10月30日)

きょうから5日間、過去に印象に残った高座をプレイバックします。きょうは2010年10月30日。真一文字三夜@お江戸日本橋亭の第三夜から。ちなみに、第一夜「鈴ヶ森」「不動坊」「青菜」、第二夜「あくび指南」「提灯屋」「五人廻し」、第三夜「初天神」「らくだ」でした。以下、当時の日記から。

一之輔十八番作りの会。NHK新人演芸大賞受賞に関して、こんなエピソードを披露していたのが可笑しかった。審査会場に行くときに、息子が「土曜日なのに、どこ行くの?」「NHK新人演芸大賞!」「何、それ?」「落語の戦(いくさ)!」。そうしたら、息子が「勝ってこいよ!」。賞金50万円が出ると言ったら、「仮面ライダーの変身ベルトを買うんだ!」・・・「100個買って、近所に配る!」。これを審査の高座のマクラで喋ったそうだが、「オンエアではカットでしょうね」。何でも、受信料から落語家に50万円の賞金が出ていることが知れるのがまずい、とスタッフの人に釘を刺されたそうだから。

春風亭一之輔「らくだ」
一之輔さんは時々、大声を出して、噺にメリハリをつけるのが巧い。前半の丁の目の半次、後半の酔った屑屋の怖さを演出するのに、その大声が存分に生きていて、とても素晴らしい噺に仕上げていたと思う。「らくださんが死んだ?またぁ」と言う屑屋に、半次は「股も尻もあるか!」。「河豚食って、ふぐ死んだ?」に、「コノヤロー!」。最初から脅す半次の怖さが凄い。「俺は丁の目の半次だ。言ってみろ!」「?」「教えたろ?言ってみろ!」「ちょ、ちょ、チョロの目の半助?」「俺は鰻の頭じゃない!」。針金で結んである七輪や底なしの土瓶。「皆、私が見限ったものばかりです。買い取るものはありません」という屑屋に、「なんでもいいから、買え!コノヤロー!」と凄む半次が怖い。渋々、線香代を出した屑屋に、「月番のところに行って来い!」。「14を頭に5人の子どもと女房に婆さんに店賃。9人を養わなきゃならないんです」と、早く仕事に出ないと釜の蓋が開かないと断る屑屋に、半次は「帰って、子どもの顔よーく拝んでおけよ。あと、3日かな」と脅す。「出商人だったら、お得意様に不幸があったら、働くのが当たり前だろ!『行かせて頂きます』って、言えないのか!」。これじゃぁ、屑屋も怖くて、言うことを聞くしかないよ。

で、月番のところへ。「清清しい朝にらくだの話なんてするなよ。え!?らくだが死んだ?喧嘩の相手が死んだんだろ?本当に?夢のような話は言わない方がいいよ。お前が殺されるよ。本当に?」「本当ですよ!目を見てください」「いい目しているね。ありがてぇー!隣の辰っあん!河豚に当たって、らくだが死んだって!」。「でね、傷の見本市みたいな丁の目の半次とかいう兄貴分が言うんですよ。取り次ぐだけですよ。長屋にも祝儀不祝儀のつきあいがあるだろう、香典をまとめて持って来いって」と屑屋が言伝すると、「この前の寄り合いの時だって、割り前をくれって言ったら、いきなりボーンと殴りやがったんだよ。あれ以来、こっちの耳が聞こえないんだ」。乱暴者で長屋で嫌われていたらくだに、ビタ一文も出せないね、とする月番の言い分はごもっとも。だが、脇で聞いていた辰っあんが「死にゃぁ、仏だよ」と言って、その一言が決め手になって、長屋で香典を出すことが決まった。「死にゃぁ、仏」か。このらくだの場合は、その言葉が通用するのだろうか。

帰ってきた屑屋。「らくださん、評判悪いですね」に、半次は「誰が、らくだの評判を聞いてこいって言った?」。そして、今度は大家のところに行って来いと頼む。「大人なら行けます」と丁寧に道案内する屑屋に、「頼むよ。俺が頼んでいるんだよ」と半次。それでも、仕事に行かなくちゃという屑屋に対して、言った半次の台詞が怖い。「仕事に行く前に、屑屋さんに話があるんです。ちょっと耳を貸してくれませんか?自分で自分のハラワタ見たことある?意外とキレイだよ」。これには、屑屋も「行きますよ」。「よ、だけ余計だ!」。いい酒を三升、煮しめ、握り飯を要求する半次に、「誰が言うんですか?言えません。言っても、くれませんから」と屑屋が答えると、「誰の立場で言っているんだ!」と怒鳴る半次。「出すの、出さないの言ったら、死骸のやり場に困っています。大家さんの家にお連れして、死人にカンカンノウを躍らせて見せます。こう言え!」。仕方なく、大家宅に向かう屑屋。「何?これ?朝起きたときは、仕事頑張ろうと思ったのに、今じゃ目の前が真っ暗だよ」。

大家宅到着。玄関から入った屑屋に「屑屋の分際で、裏へ回れ」と大家。「いえ、きょうは屑屋じゃないんです」「商売替えか?屑屋のお前をこの長屋に出入りできるようにしてやったのは、わしだぞ」「いえ、らくださんが・・・」「わぁ!急に言うな!らくだの話をするなら近すぎるよ。もっと遠くから話せ」「らくださんが死んだんです」「達磨さんが転んだ?何だ、それは?屑屋の符丁か?この長屋だけだ、あいつがいるのは。らくだが死んだって?死なないかなぁとは思う。屑屋のツテで、仕置き人とか、仕事人とかいないのか?しくじったからって、セコなヨイショでは喜ばないぞ」「死んだんです!目を見てください」「綺麗な目だ。喜ぶぞ!喜んでいいのか?らくだが死んだぁ~!」。大家は両手で屑屋と握手して、「ありがとう!河豚の銅像を建てよう!命日には提灯を持って、河豚祭りだ!河豚、万歳!」。凄いはしゃぎようの大家である。だが、一旦、屑屋が弔いの話をすると、「誰が行くか!行かねぇよ!」。さらに、半次の注文を聞いて、「ちょっと待て、バカ屑屋!」と頭を叩き、「笑わせるな!」。らくだはこの長屋に入居以来、一遍も店賃を払っていない。出てけ!と言うと、「出て行くから、別荘を一軒建てろ」とほざく始末。らくだに膝を蹴られて、冬になると疼く、「払うまで動かない」と脅すと、「本当に動かないか?」と青龍刀を振り回すので、泣きながら逃げてきて、新品の柾目の下駄を忘れたと、恨みつらみを並べる大家。「かんかんのう?面白いね!見たことないよ。退屈しているんだ。見てみたいね!」。

屑屋はらくだの家に戻って、大家拒絶の報告をする。これを聞いて、半次は「向こう向いて、しゃがんでくれませんか?屑屋さん」と言って、口から血を流したらくだを背負わせて、「腕ボキボキ鳴らして、踊らしてやる!」と、屑屋と一緒に大家宅へ。「屑屋、歌え!」。♪カンカンノウ、キューノレス~ 歌う屑屋の合間に、「酒出せ!」「煮しめは!」と脅す半次。「やめてくれ」と頼む大家に、「せっかくだから、もうちょっと踊らせろ」。踊りながら、帰っていった。「婆さん!」。気絶した女房を抱きかかえる大家に、死人のカンカンノウ踊りの凄まじさを窺うことができる。らくだ宅に戻ると、「もう一軒、八百屋に行ってくれ。早桶代わりに菜漬けの樽を借りて来い!」と半次。「出すの、出さないの言ったら・・・」「カンカンノウですね。またか。今度はうまく歌おう」。屑屋が八百屋を訪ねると、らくだ死去の祝杯をあげようとしていたところ。「早桶?バカなことを言うな。カンカンノウ、是非見たいね」。屑屋が「出した方がいいよ。面倒なことになるよ」・・・「またか。今度は上手く歌おう」。これで、八百屋も素直に樽を渡す。

屑屋が八百屋に行っている間に、大家の婆さんが酒を届けに来た。半次は屑屋に清めだと言って、酒を勧める。拒む屑屋に「飲めよ!飲まねぇのか!俺が優しく言っているうちに、飲めっていうんだよ!」。仕方なく、屑屋は湯呑みに注がれた酒を一気に飲み干す。「いい飲みっぷりじゃないか!江戸っ子だな。もう一杯いけ!」。屑屋が「商いに行かないと、釜の蓋が開かない」とグズグズ言っていると、「飲めよ!飲まねぇのか!俺が優しく言っているうちに、飲めっていうんだよ!」。「ちっとも優しくないじゃないですか」と言って、屑屋は二杯目を飲み始める。「美味しい酒ですね。あのしみったれ大家が、ねぇ。嫌いな方じゃないんですよ。晩飯の時には、子どもの顔眺めながら、飲むのが楽しみでね」。ポツリポツリと話し出す屑屋。「親方、赤の他人でしょ?それをここまでやってしまう、凄いですよ。銭がなくてやっちゃうのが凄い。私もね、昔は古道具屋の若旦那だったんですよ。皆、酒でしくじっちゃった。親父みたいに目が利かないんです。親父にはよく叱られたなぁ。自分の頭の蝿も追えないのにって。困っている人を見ると、ほっとけない性質なんです。商いと人の世話は別です。利を薄くしてでも、人の為になりたいと思うんだ。何が言いたいかというと、親方と私は気が合うのではないか、と」。「駆けつけ三杯だ。飲め!」と言う半次に、「本当に勘弁してください。商売しないと、子どもがピーピー言うんです」と返す屑屋。すると、凄みを利かした半次が「早く飲め!」。「そんな大きな声で言わなくても。怖いですよ、親方は」。そして、三杯目を飲みながら、屑屋が独り言のように喋る。「長屋の人は皆、口が悪いんだ。貧乏しているけど、腹の中は何もない。辰っあんが言ってましたよ。『死にゃぁ、仏だ』って。なかなか言えたことじゃない。気持ちが嬉しいじゃないですか」。さらに続ける。「それに引き替え、あの大家。余興に見たいって言っていたくせして、いざカンカンノウを見たら、勘弁してくださーい、だってよ。よっぽど怖かったんだな。あんな驚いた大家見たのは初めてだ。ザマーミロー!だったら、ハナから出せって言うんだい!あの大家、苦手なんだよ。好きじゃない。『誰のお陰で屑屋になれたとおもっているんだぁ。その恩を忘れたかぁ』。受けた恩は石に刻め、かけた情けは水に流せってことくらいわかっているお兄ぃさんよ。恩着せがましい!何が親だい!何が家主だい!と思いましょ?」。

三杯目を飲み干した屑屋は、「もう一杯」と湯呑みを差し出す。「大丈夫か?」「え?大丈夫だよ。すいませんが、少なくないですか?催促したみたいで悪いね」。酔っ払ってきた屑屋の人格がこの辺で豹変する。「死にゃぁ、仏?何が?ペッ!何が死にゃぁ、仏だよ!舎弟だったら、ちゃんと教育しなさい。地獄に落ちろ、この野郎!あれ買え、これ買えって、断ると、ボーンと殴る。地べたに丸を描いて、これ買え!って、俺は問答かと思ったよ」。長寿庵の丼の揃いを4つ買わされて、おまけに蕎麦屋の代金まで払わされた話。「大笑いでしょ。近年稀にみる面白い話。ハッハッハッ・・・・何、笑ってるんだよ!」。左甚五郎の蛙を2分で買わされた話。「蛙がピョーンって。生きているんだよ。買うと言ったろ!魂が籠もっているんだ、買え、この野郎!って柱のところで殴られた。血だらけになった上に、口の中に蛙を突っ込まれたんだ。家に帰ると、14の娘が気丈に、『お父さん、早く顔洗いなよ』って。あの時は本当に、殺ってやろうかと思った。目ん玉くり抜いて、耳食いちぎって。でも、俺が死んだら、家族が路頭に迷う。だから、堪忍してやったの。わかるか?」。半次が「ごめんね、許してくれ、兄弟」と言うと、「誰が?兄弟だよ!俺は一匹狼で生きているんだ。見習ってもらいたい。泣く子も黙る屑屋の久さんだい!みくびるなよ!言ってみろよ!名前、教えたろ!」「屑屋の久さんだろ?」「誰が?当たっているよ」。

もう一杯を要求する屑屋。「もう、よした方がいいんじゃないか?釜の蓋が開かないんじゃないのか?」と心配する半次に、「人様の家の財政に立ち入ってほしくないな!屑屋と屑屋の出来が違うんだ。注げよ!俺が優しく言っているうちに、注げよ。きょうは仕事は休む!とことん、お前と飲む」。さらに、「何、もそもそ食っているんだ。誰の働きだよ。勧めたらどうだ?・・・・・芋で酒が飲めるか!百姓じゃあるまいし!まぐろのブツ、魚屋へ行って貰って来い!出すの、出さないの言ったら、カンカンノウだ!」。「お前は気が利かないな。シタジがない!刺身が食えるか!」。

すっかり気の大きくなった屑屋は弔いを万端仕切ってやると、請け負う。半次は「頼むよ、兄貴!」で、立場は完全に逆転。「剃刀借りて来い!貸すの、貸さないの言ったら、カンカンノウ!」。屑屋は豪快にらくだの髪の毛を丸坊主にして、菜漬けの樽に納める。吉原で友達になった吉公がやっている落合の焼き場に持って行くことに。さらに長屋から貰った香典で酒を三升買って、飲んでしまう。そして、焼き場へ。「行くぞ!丁の目!陽気に行こう!」で、出発。♪弔いだ、らくだの弔いだ、スッテンテレツク、スッテンテン!途中、高田馬場で転んで早桶の中が軽くなった。焼き場到着。「安公!出てこい!」「俺を呼び捨てにしていいのは、久さんだけだぞ!」「その屑屋の久さんです」「おぉ、心の友よ!貧乏弔いだな」。見ると、早桶の中は空っぽ。死骸を拾いに行って、拾われたのは泥酔した願人坊主。「ウーン」「死人のくせに唸るな!」「どこに行くの?」「火屋だ」「何しに行くの?私は焼かれたくありません!」「死人と喧嘩しない方がいいよ」。火の中に願人坊主を押し込むと、熱がって坊主が出てくる。「らくだが生き返った!」「ここはどこだ?」「日本一の火屋だ!」「冷やでもいいから、もう一杯」でサゲ。

前半は丁の目の半次の凄みの利いた圧倒的な怖さに痺れ、嫌々ながらも使われる屑屋の働きぶりに面白さを感じる。後半、酔っ払った屑屋が本音で大家への愚痴やらくだへの恨みつらみを喋り出す場面は、思わず屑屋に同情してしまう。そして、半次との立場が逆転する可笑しさ。通しで演る一之輔さんを聴いたのは去年の9月の「下北のすけえん」以来だが、迫力がさらに増している。いつ真打ちになってもおかしくない実力が十分に備わっていることを証明した素晴らしい高座だった。