春風亭一之輔「芝ノ浜由縁初鰹」 奇想天外のようで緻密に計算された革財布と50両の謎解き。創作落語にも天賦の才を見せるトップランナー。

紀伊國屋ホールで「俺のシバハマ」を観ました。(2020・12・27)

古典落語の基礎がしっかりしている人が、新作落語を創るから面白い。また、古典落語で食べていこうとする人は新作落語を創ることが勉強になる。古典と新作はそういった相関関係があるということは、よく言われていることであるが、この日、春風亭一之輔師匠の「芝ノ浜由縁初鰹」を聴いて、そのことを改めて痛感した。

まず、主人公のポルトガル人、アントニオの叔父さんが宣教師で、形見に革財布をもらい、その中にクロスが入っていたという基礎の仕込みがすごい。マカオの海上を運行していたポルトガル船の船員だったアントニオが足を滑らせ、海に落下、一週間漂流したら日本の芝の浜に漂着した。そのときに助けてやったのが魚屋の魚寅で、1年魚売りをアントニオにさせた給金を、その形見の革財布に入れたことが、後々のストーリーの伏線になっている。

アントニオが神田明神で銭形平次と出会ったという仕込みもすごい。そのときは、空腹で野垂れ死に寸前だったために、平次のことを乞食と思って、“ポルトガルのソウルフード”カステラを分け与えてやった。さらに、給金のうちから穴開き銭を恵んだ。すると、その男は「おれは乞食じゃねえ!」と、その穴開き銭をアントニオの後頭部に投げつけてことが、後になって「あの人は銭形平次だった」とわかるわけだ。

初鰹をストーリーに絡ませるのも、この新作を江戸風味にしている。今年は鰹が不漁で縁起物の初鰹を芝の河岸に出せないのは江戸っ子の名折れと、唯一獲れた580貫の鰹を持っているヤクザ者の多賀目玄五郎(タガメゲンゴロウ!)に騙され、魚寅が50両で買う交渉をしたことが騒動の発端になる。実は多賀目の一味はある旗本に300両で売る算段が整っていて、魚寅のことは待ち合わせの芝の海の烏帽子岩のところで斬り捨て、亡き者にしてしまおうという魂胆。

そして、起承転結の「転」が秀逸だ。アントニオが入った居酒屋で、多賀目の子分たちがその作戦を喋っているのを聞いてしまう。なおかつ、あの神田明神の「乞食」が銭形平次で、江戸の平和を守る正義の味方だということまでわかるのだ。この居酒屋はカギですね。

それで、アントニオは魚寅が初鰹を多賀目から譲り受ける金に用意した50両を「ごめんなさい」と手紙を残し、手文庫から盗み出す。そして、投げやすいように二分金で100枚にして、神田明神にいる銭形平次にワケを話して渡す。ヒーロー銭形が活躍する手筈は整った。

魚寅が多賀目に騙され、右手を斬られようとしているところに、危機一髪、銭形平次が登場。高座の後ろに仕込んであったハンドマイクを持って、一之輔師匠が♪男だったら、一つにかけるぅ~と「銭形平次」のテーマソングをフルコーラス歌うところ、拍手喝采。ちゃんとカラオケとしてお囃子が伴奏するんだから。そして、用意された100枚の二分金を投げて、悪党どもをバッタバッタと倒しちゃう。

最後に残った多賀目親分には革財布を投げつける。そこにはクロスがが入っているが、なんと、そのクロスが鰹の眉間に当たり、鰹が生き返る!ミラクル!これぞ新作落語の醍醐味。悪党・多賀目玄五郎は海へ落ち、アントニオと魚寅は和解。めでたし、めでたし。

だが、そこで終わらない。さらにこの新作の面白さの拍手をかけるのは、生き返った鰹だ。黒潮一家の勝五郎親分。海に戻ると、タイやヒラメやサンマなど子分の魚たちが親分の帰還を喜ぶ。そして、「俺の命を救ってくれた二分金を残らず拾ってくれ」。100枚は魚たちによって回収され、革財布の中に収めされた。ウミウシが陸へ戻した。それが、芝の浜に50両入った革財布が落ちていた理由だ。

落語ファンなら誰もが、「あの革財布と50両はなぜ芝の浜にあったのか」、疑問に思うところ。そこに焦点を絞って、奇想天外で破天荒だけれど、でも理に適っている新作落語を生み出した一之輔師匠の天才ぶりに、惜しみない拍手を送った。