【玉川太福 うなる!浪曲人物伝】「中村仲蔵」「茶碗屋敷」一期一会の話芸。一話完結だからこその醍醐味があるのではないか。

江戸東京博物館小ホールで「玉川太福 うなる!浪曲人物伝」を開きました。(2020・11・27)

創作話芸ユニット「ソーゾーシー」が好評で、現在全国ツアー中の太福さん。どしても、その流れだと新作浪曲が注目されがちですが、この独演会シリーズは古典、しかも一話完結型の人物伝にこだわっていこうと、太福さんと随分前から話し合って決めた。古典こそ、浪曲の独特の魅力を堪能できると考えたこともあるし、太福さんの古典の迫力は一度聴いたら忘れられないからである。

♪ちょうど時間となりましたぁ、この続きはまた今度ぉ~と一席を終える連続モノは浪曲の代名詞にもなっている「清水次郎長伝」や、玉川のお家芸である「天保水滸伝」など、魅力的な作品があることはわかっている。だが、そこをあえて、一話完結モノにこだわるのは、浪曲という大衆芸能が庶民に浸透していたときには朝ドラのように毎日浪曲が流れていたから、「その続き」が楽しみだったわけだが、一期一会の話芸となっている現代では、完結する面白さ、気持ち良さを味わってもらう方が親切ではないか。そう考えたからだ。

出世物に代表される人物伝は最後まで聴いて、実に気持ちがいい。これもまた浪曲の醍醐味の一つではないか。また、人物伝ではない一話完結モノも、やはりそう。木馬亭の定席に行くと、演者の皆さんは持ち時間30分をたっぷり使って、一話完結モノを唸っている方がかなり多いことにも改めて気づいた。

だから、独演会を古典でやろうと太福さんと決めたとき、自然と僕はそういう方向で考えたのだと思う。うなる!人物伝なので、一席は人物伝。そして、もう一席も一話完結をたっぷりと。それに沿って、第1回は「中村仲蔵」と「茶碗屋敷」にした。どちらも講釈が基になっているが、浪曲として構築するにあたっては作家の手が入って、かなり変わっている。節と啖呵による違った味わいを楽しんで頂けたのではないかと確信している。

「茶碗屋敷」

まず、僕が大好きなのは、高木左太夫から20文で買った観音様を吉田武左衛門にちゃっかり200文で売っていた屑屋与兵衛である。そこに人間味を感じる。観音様から50両が出たときも、「25両ずつ、折半しましょうよ」と武左衛門に持ちかけるくらい(笑)。高木と吉田の間をきちんと取り持つ大家が人情味あふれる人物なのもいい。左太夫が病床にあり、その娘が質屋に出入りしているのを大家は知っていたからこその仲介役だ。

高木が25両受け取るかわりに渡した茶碗も、その価値をしっかりと伝えているのが浪曲らしい。高麗出兵の折り、三人の勇士に渡された「片口の茶碗」。その三人のうちの一人が高木の先祖であることも、山崎勇斎という吉田の友人が骨董に詳しいことから判明するというのが好きだ。鑑定家が見るまでもない。

この話の最後も好きだ。この美談を聞いた細川の殿様が吉田武左衛門の石高を加増するにとどまらず、吉田の懇願で、高木と娘が細川家に召し抱えられ、浪人生活を脱することができたというのは嬉しいことだ。ハッピーエンド。すべての登場人物に人情が感じられ、人間味がある。浪曲の面目躍如だろう。

「中村仲蔵」

仲蔵が斧定九郎一役しか与えられなかった芝居を具体的に明示しているのがいい。明和3年神無月、市村座、顔見世興行の仮名手本忠臣蔵通し狂言。落ち込む仲蔵に言う女房の台詞が素晴らしい。「名題下の役を名題の役にしてみろ、ということよ」。上っ面の慰めなんて言ってほしくないわけで、でも、これを言われたら、僕でも奮起すると思う。

いいアイデアが浮かびますようにと妙見様に日参していたある日、急に降り出した雨のおかげで入った蕎麦屋で出会った浪人風の侍の風体を見て、「これだ!」と思いついてからの行動力がすごい。妙見様に御礼を言って、古着屋で着物を物色し、市村座に行って、五段目に係る役者、太夫、三味線、その他関係者への「工夫」の根回し。アイデアが浮かんだから、すぐ芝居初日にそれを実行できるわけはないわけで、役者イコール演出家である仲蔵の天賦の才の下支えが見え隠れしているのがいい。

見事な演出の工夫に声も出ないくらいだった観客。それを「しくじった」と思ってしまった仲蔵のデリケートな触角。だが、上方に向かおうとして、聞こえてきた床屋の噂話。ああ、認めてくれた人がいた!という喜び。その気持ちの揺れ動きが節と啖呵で実によく表現されていた。自分が信じておこなったことを他人が認めてくれるか、くれないか、に過敏になる気持ち。駄目だ!と落ち込み、評価された!と喜ぶ、その振れ幅に人間・中村仲蔵を見る。

やがて、成田屋番頭と師匠伝九郎を乗せた二丁の駕籠がやってきて。置手紙を見て、びっくりしたと。その置手紙には何と書いてあったのだろう。自分では自信のあるつもりが認められない悔しさ。それは、自信過剰によって起こす間違いもあるけれど、人の気持ちのすれ違いで起きることもある。常に謙虚であることが大事だが、自分に自信を持つことも大切である。きっと、才能ある仲蔵のことを一番よくわかっていたのは、女房なのかもしれない。