【獣道一直線!!!】人間という純な生き物が、SNSという魔物に取り憑かれ、毒されていく悲劇は見たくない。

PARCO劇場で「獣道一直線!!!」を観ました。(2020・10・22)

生瀬勝久、池田成志、古田新太による「ねずみ三銃士」による芝居は、04年「鈍獣」、09年「印獣」、14年「万獣こわい」に続く第4弾だ。僕自身は「万獣こわい」からしか観ていないが、今回の「獣道一直線!!!」は傑作だと思った。

プログラムからあらすじを抜粋する。

2016年から2020年にかけて、日本各地で起きた3件の殺人事件。被害者はそれぞれ多額の生命保険に加入していた。その受取人として、捜査線上に、ひとりの女性が浮かび上がる。苗田松子。婚活アプリやSNSを舞台に、虚飾のセレブ生活を謳歌する彼女の魅力に取り憑かれた男は、誰しもが正気を失う。目が合ったら最後、催眠術にかかったように。

クレジットカードを差し出し、お題目のように暗証番号を唱えるという。望月順三郎、藪中弘重、野呂秀次…彼らも苗田と出会い、その魅力に溺れた。<苗田松子が複数の殺人事件に関与している―>そんな書き込みがSNSで拡散された…。

お気づきの方も多いだろう。そう、この芝居のモチーフのひとつは首都圏連続不審死事件。木嶋佳苗が起こした事件だ。逮捕されたのは、2009年9月25日(当時35歳)。容疑は、交際していた男性3人への殺人と、6件の詐欺・詐欺未遂、1件の窃盗。裁判員裁判を経て、17年5月9日に死刑が確定した(当時42歳)。

婚活を利用した犯行だったこと、男性を騙した詐欺にも関わらず、美人でスタイルがいいとは言い難い容姿であること、貢がれたお金でセレブのように豊かな生活を謳歌していたこと、謎に包まれた事件であること…などから、事件発覚当時よりマスコミやインターネット上などで騒がれ始める。裁判が始まると、法廷での佳苗の証言や行動があまりにも不可解で、さらに大きく騒がれた。

だからと言って、この芝居がガチガチのジャーナリスティックな内容かというと、全くそうではない。「木嶋佳苗」を脳の片隅に置いて観ると、愉しめるということであり、寧ろ、お芝居はユーモアに溢れ、笑いがいっぱいである。不謹慎な言い方かもしれないが、いつの世も「男ってバカだなあ」と思ってしまうコメディかもしれない。世の中の男は皆、「木嶋佳苗」に騙される要素を持っていますよと、うっすらとメッセージを残すのみの喜劇だ。そこが、宮藤官九郎の脚本のうまさだろう。

配役を見ると、よくわかる。

生瀬勝久演じる生汗勝々。俳優。30年在籍していた京都撮影所を対所、現在フリー。大物俳優の付き人をしていた。極度のあがり症。苗田松子にスカウトされ、現在は福島の練り物工場で働く。

池田成志演じる池手成芯。アンサンブルアクターとして30年間、大小さまざまな舞台に立つ。かなりの心配症。苗田松子にスカウトされ、現在は福島の練り物工場で働く。

古田新太演じる古新田太。レモンサワーをこよなく愛する。相当なせっかちで、口癖は「何でもいいから早く帰ろう」。苗田松子にスカウトされ、現在は福島の練り物工場で働く。

池谷のぶえ演じる苗田松子。福島の練り物工場に勤務。生涯の伴侶を探すべく、婚活アプリに登録、複数の男性と交際している。ある目的のため、自身が勤める練り物工場に生汗勝々、池手成芯、古新田太を誘う。

そして、この芝居のミソは宮藤官九郎がフリーのドキュメンタリー作家・関武行を演じていることだ。<苗田松子が複数の殺人事件に関与している―>というSNS上の噂を確かめるべく、妊娠中の妻かなえ(山本美月)を置いて、彼女の暮らす福島県に向かい、その練り物工場を中心に取材を敢行することをベースに芝居は展開するのだ。

この芝居は、「木嶋佳苗事件」を下敷きにしながらも、ユーモアやナンセンスギャグやエロティシズムを挿入して、その下敷きをひっくり返し、「木嶋佳苗」を一旦、観客に忘れさせるところに、宮藤官九郎の真骨頂があるのではないか。それでいて、ますますわれわれの生きる現代社会で進行、いや、浸透と言ってもいいかもしれない、SNSなどのウェブに根差した生活に警鐘を鳴らしているように僕には思えてならない。

人間は元来、純な生き物だ。SNSという魔物に取り憑かれ、毒されていく悲劇を見たくない。そんなことを思った。