立川かしめ「俺の嫁」二次元キャラクターや手の届かないアイドルを心の底から愛する現代人たちへ捧げる見事な一席

道楽亭ネット寄席で「立川笑二・立川かしめ二人会」を観ました。(2020・10・05)

「俺の嫁」という言葉があるそうだ。ウイキペディアによれば、主に男性が理想的な女性(架空のキャラクターを含む)に対して発する言葉で、アニメや漫画、テレビゲームなどのファンの間で、また商業の場においても用いられるようになっている、とある。二次元のキャラクターに用いられているようだが、かしめさんのマクラによれば、これにアイドルなども加わるという。接触が絶対に不可能な対象を心の底から愛せることに、おたく文化のエネルギーを感じる。

これを題材に、かしめさんが見事な新作落語を創った。村上鬼三郎という絵師に、絵から抜け出したような綺麗な女性が訪ねる。彼女は竹藪が描かれた絵を携えている。「この絵に見覚えはありませんか?」「ない」。だが、自分の落款である鬼の字三つが押されている。「この絵には兎を描いたつもりですが」「逃げちゃったんですよ。絵から兎が抜け出した」。だから、「この絵に兎を戻してほしい」と言う。

鬼三郎は話をする。父も絵師で村上鬼平太と言いました。江戸で動物を描かせたら右に出る者はいないと言われる名人でした。絵には魂が籠っているという噂で、確かに絵の中で動物が動き回り、挙句に抜け出してしまう。天才絵師、唯一無二だが「魂が籠る必要はないのでは」と、逆に罵倒されてしまった。

酒を浴びるように飲む毎日。どんなに下手くそに描いても、皆、絵から飛び出してしまう。町内に居られなくなり、出て行った。息子の私に手紙が届いた。「私は今、私の力を必要としているところにいる。お前が私と同じ才能がないことを祈る」。自分が絵師として成功し、世に知られれば、親父を探すことができると信じて、ここまでやってきた。

鬼三郎は女性に言う。「兎を戻すことができたら、名前を教えてほしい」。女性の目が腫れている、きっと悲しくて泣いたからでしょう、私があなたの心を動かすことができるとすれば、お役に立ちたいと。

手始めに兎を2羽描いたが、やはり抜け出してしまった。5羽、10羽、30羽、60羽とどんどん増やしても、一向に改善されない。逆に近所で夜になると兎がドタドタと音を立てて走り回ると苦情がきて困ると。「親父の壁は厚い。あなたのために壁を越えてみせます」。寝ている兎を描く。月の中に兎を描く。やはり効果はなかった。

思いついたのが、「生きていないものを描けばよい」。絵の中に「兎の絵」を描けばよいのではと。翌日、男が訪ねてくる。父親だった。「私はお父さんを探すために絵を描いていたのです」「よくやったな。動物が抜け出さない方法をお前は編み出した」「なぜ、そのことを?」「この女のことか?」「名前を知りたくて・・・できれば、夫婦になりたいと言おうと思って」

「こいつの名前は『うさぎ』だ」。そう言って、父親は訳を話す。「この女は私の言うことを聞かないんだ。働かない。客を取らない。泣く。だから、目が真っ赤に腫れてしまう。わしが描いた女だ。わしは春画遊郭をやっている。絵の世界の遊郭だ。そこでは、皆がわしの言うことを聞く。そういう世界を作った。いい女を描いて、男に抱かせる。だが、こいつだけ、言うことを聞かない。罰を与えた。抜け出さない方法を考えてこいと命じた。お前は絵に恋をしていたんだな。この女が欲しかったら、動物の絵を描いてくれ。わしは女の絵ばかり描いて、描けなくなってしまった」。鬼三郎は「うさぎさん、ごめんなさい」と言って、父の言う通りにする。「父に憧れて絵師になったのに・・・なんで、そんな絵の使い方をするんだ!その絵からうさぎさんを助け出してやる!」。

鬼三郎はうさぎに話しかける。「まさか、絵だなんて」「騙そうと思っていたわけじゃないんです。本当のことを知られたくなかった。遊郭で働く女だなんて」「そんなこと、関係ない。私の方から謝らなければならない。本当は最初から抜け出さない方法は知っていたんです。最初、僕はあなたのことを絵から抜け出したようだと言いましたよね。でも、あなたに会いたい。何度も会いたいから、嘘をついていました・・・それで、僕と夫婦になってください!」「いいですよ。ふつつかものですが」「夢みたいだ」

そこに父親が現れる。「夢は終わりだ。絵に話しかけて楽しいか?その絵のどこがいい?たかが絵だろう」。息子は抵抗する。「ふざけるな!絵じゃない!誰が何と言おうと、俺の嫁だ!」。俺の嫁、ただの絵などと誰が言うた。平成の世で認められた「俺の嫁」由来の一席。

素晴らしい!令和の時代、二次元のキャラクターを愛する文化が確実に耕され、メインストリームになろうとしている。現代社会を象徴する創作に喝采を送りたい。