【渋谷らくご しゃべっちゃいなよ】春風亭百栄「天使と悪魔」新たに九代柳枝も加わり、いつまでも色褪せない名作として輝く

配信で「渋谷らくご 10月公演 しゃべっちゃいなよ」を観ました。(2020・10・13)

三遊亭ぐんま「シロの恩返し~PART23~」

人間的に問題のあるタコ焼き屋のお爺さんが主人公というのが、この新作の味噌かなあと思った。天国から恩返しのやってきた「23代目シロ」が恩返しをしてあげる条件として挙げた①粗食にして、酒もほどほど②近所の人と仲良くする③商売を頑張る。これをちっとも守らないんだけど、横田の婆さんにゲートボールに誘われて仲良くしていくうちに、なんとなく人間的に更生されていく。

死んだ婆さんの秘伝のソースで繁盛していたタコ焼き屋がを再生するにはどうしたらよいのか。花咲か爺さんから数えて23代目のシロが「ここ掘れ、ワンワン!」と吠えた場所に何か秘密が隠されているのか。最後はホロリとさせる人情味も加わって、「しゃべっちゃいなよ」初登場として良い出来だったと思った。

立川吉笑「乙の中の甲」

もう、吉笑ワールド全開!メタ落語はかくあるべき、という見本のような新作のように感じた。熊五郎に借金を返せと当然のように言われた八五郎が考えたことは、「俺の中の熊は本当に返せと言っているのか」。逆に言うと、「俺の外の熊は貸したものは返せと言っている、そりゃそうだ、それが江戸っ子だろうといているが、果たしてそうなのか」。

八五郎は「俺の中の大岡様ならわかってくれるのではないか」と、かっこみ願いをするが。三毛猫の柄が地図のようになっていて、その赤い印の場所はお社の祠。そこには5歳か6歳の頃、熊と一緒に出掛けたことがあり、「僕達の秘密」があったことを思い出す…。それで問題は急転直下…。

台所おさん「猫丸」

普段は古典しか演らない師匠は、自分自身を投影した新作落語を。女性とお付き合いをするときには、「正直な自分をさらけ出す。飾らない、ありのままの自分を」という信念がそこには貫かれている。

佐藤さんという女性との初デートは新宿のタリーズで。そこでは、好きな食べ物や得意技(特技でなくて)を話題に話を進めるが、私自身(男)は普通に思っていることが、一般的には普通に思われていないことに気づかない哀しさがある。菓子パンのメーカを当てる、電車に中のカップルの親密度、缶コーヒーへのこだわり。それは「結婚を前提にお付き合いしてください」と切り出す前に言うべきことなのか否か。それこそが、自分のこだわりであり、師匠のこだわりに思えた。

立川談吉「竹とんぼ」

去年の創作大賞受賞者である談吉さんらしい世界観が、今回も反映されている。昔遊んだベーゴマ、万華鏡、風車。その中でも竹とんぼをフリーマーケットで見つけ、NASA製のキャベツやタワシやLED電球とともに買い求めたケンちゃんの物語。

橋の下の粗大ごみ置き場に冷蔵庫と一緒に捨てられていた青白い馬。「馬ではないのです。翼が生えているのです」。そうだ、ペガサスだ。星から降りてきて、ヘリコプターで翼を傷めてしまった。ケンちゃんは竹とんぼを飛ばすから、一緒に空へ飛びなさいという。300キロかなたに、グルングルンと複雑に骨折しながら飛び、月灯りに溶けていくペガサス。もう、それはファンタジーだ。

春風亭百栄「天使と悪魔」

レジェンドとしてのゲスト出演。真打になって10年。その前の栄助時代にできた新作だけど、本当に色褪せない。「新作という悪魔の唄を聞かせるつもり?」、「いったい、お前に鈴本が何をしてくれた?」、「新作で受ければ、金も女も酒も地位も名誉も権力も手に入れることができる」等の名フレーズが満載で、もはや古典といってもいいくらいだ。

春風亭一之輔の台頭、そして抜擢真打からの活躍で若干のリニューアルをちょいちょい施しており、今回は来春に真打昇進が決まった春風亭正太郎が九代目柳枝を襲名することになったことで、また新しい要素が加わった。そうです、百栄師匠の大師匠が八代目柳枝なんですね。

正太郎のことは、「落語の筋がいいだけじゃなくて、ついでに絵も上手なんだ。バランス感覚もいい」と絶賛している。きっと、春日部の老夫婦は一之輔だけでなく、正太郎も楽しみに鈴本にやってくる日も近いのではないか。

百栄師匠のセンス溢れるユーモア精神に感服するばかりだ。