【2020落語一之輔 三昼夜】一之輔は力むことなく、普段通りである。涼しい顔をして、面白い噺を繰り出し、沁みる噺を聴かせてくれる。

よみうり大手町ホール、もしくは配信で「落語一之輔 三昼夜」を観ました。(2020・10・25~27)

三日間昼夜で6公演の春風亭一之輔の落語会である。プログラムの中で演芸評論家の長井好弘さんは次のように書いた。

いつ終わるともしれないコロナとの共生の時代に、多少の制約はあっても、今年も秋真っ盛りの大手町に一之輔の生高座に巡り会えた。(中略)今年4月の緊急事態宣言発令で、寄席定席の興行も中止になった。下席の鈴本演芸場のトリだった一之輔は、本来なら高座に上がるはずの午後8時過ぎに無観客高座を務め、「一之輔チャンネル」から無料配信をした。(中略)

「ネットで落語を見て面白いのだろうか」と半信半疑で見始めたが、一之輔の高座ぶりは普段と変わらず、演じた落語も普段通りにからりと明るく、素敵にバカバカしかった。だから僕らも、いつもの客席にいる気持ちで、コロナを忘れ、笑うことができたのである。

一之輔の生配信に助けられたのは、僕ら観客だけではない。「こういうやり方もあるんだ」と気がついた若い落語家たちが次々と、工夫をこらしたネット配信を始めた。落語や演芸の新たな可能性が生まれた瞬間だった。以上、抜粋。

一之輔落語は、特に力むことなく、普段通りである。涼しい顔をして、ヒョイヒョイと自分の前に出されたハードルを軽快に飛び越えていく。2014年にスタートした「落語一之輔一夜」は年を重ねるごとに二夜、三夜、と増やし、2018年に「五夜」をやりのけた。毎日ネタおろしがあったので、5年間で15席のネタおろしをしたことになる。そして、去年はネタおろし無しで「落語一之輔七夜」。過去にネタおろしした中から、さらなるブラッシュアップした高座を披露した。

そして、今年は「三昼夜」である。相変わらず、一之輔は涼しい顔をして、面白い噺を繰り出し、沁みる噺を聴かせ、その芸域の幅広さを思わせた。

10月25日昼 のだゆき/一之輔「人形買い」/ペペ桜井/中入り/鏡味仙成/一之輔「尻餅」/林家正楽

この会のタイトルは「僕の好きな色物さん」。そういえば、5月の10日間連続配信(浅草トリに代行)では、毎日色物さんをゲストに迎えていたっけ。寄席の魅力は色物さんがいること。寄席をこよなく愛する一之輔師匠の思いが結実した会だった。

正楽師匠が客席からのリクエストで「鬼滅の刃」を切ったのには、仰天した。「初代や二代目は切らなかったでしょう。わたしもイメージしかありません」と言いながら、しっかりと仕上げた。勉強をなさっている。「ペペ先生」のリクエストに、お囃子の太田その師匠が「若者たち」を伴奏したのに反応して、「お囃子さんは何でも演奏しちゃう」と敬意を表していたのも良かった。

ペペ先生の高座の終わりで、「一之輔さんからリクエストがあって」と、のだ先生を呼び込み、セッションを。♪コンドルが飛んでいく、でありました。これも寄席では見られない光景。ラッキー!

10月25日夜 朝枝「紫壇楼古木」一之輔「長屋の花見」「佐々木政談」/中入り/一之輔「富久」

コロナで季節ネタができなかったから、と「長屋の花見」。この長屋連中がワイワイ騒ぐネタは大好きみたいで、このままずっと「長屋の花見」演りたい、季節に関係なく一年中演りたい、おじいさんになってもずっと「長屋の花見」。それで、楽屋で「あの人がいるから『長屋の花見』はできない」と言われるのがいい、と。名前も「長屋の花見」にして、ネタ帳には「長屋の花見 長屋の花見」って書いてほしいなだって!

ネタおろしの「佐々木政談」よりも「富久」が印象に残った。ダメダメ幇間の久蔵の喜怒哀楽が実にドラマチック。バカば奴だなぁと思うが、可愛い奴っているじゃないですか。そういう久蔵を応援したくなるんだ。

あと、二ツ目になったばかりの朝枝さん、評判は聞いていたけど、こんなにすごいとは!上手いとか、そういうレベルでなくて、もはや高座の立ち居振る舞いが落語なの。だから、喋る言葉はすべて落語。だけど、嫌な感じは全くない。すごい!

10月26日昼 トーク 天どん×一之輔/一之輔「吟味婆」/天どん「効くヤツください」/中入り/天どん「首ったけ」/一之輔「クリスマスの夜に」

天どん・一之輔二人会。天どんと一之輔って、本当に仲が良いなぁ。本当は天どんが4年先輩だけど、一之輔が抜擢真打で香盤は上になった。でも、そんなことを超越して、同期みたいな口っぷりでお互い楽しそう。平気で「6公演の中で一番どうでもいい回です」と洒落で言えちゃうのがすごい。これぞ、芸人だよね。

で、一之輔がトリで演ったのは三遊亭天どんの名作。天どん師匠の新作って、時々理解不能なのがあるけど、これはファンタジーであり、人情噺である。泥棒が入った家に両親がある事情でいなくて、家にいる兄弟二人でサンタさんが来た!と喜び(本当はサンタとは思ってないけど)、警察が来ても、「父親です!」と押し切っちゃう。警官も粋な人でね。いや、名作をありがとうございます。

一之輔は表面上は悪態つくけど、心の優しい方だから、天どんさんとの会でもこうした粋な計らいができる。ちなみに、「吟味婆」も二人で古典テーストの新作を創る取り組みを6回ほどやって、そこで出来た作品だしね。

10月26日夜 一猿「武助馬」一之輔「のめる」「もう半分」/中入り/一之輔「鰻の幇間」

まず、ネタおろしの「もう半分」、荷売り酒屋の主人が、娘を吉原に売って作った50両を忘れてしまったお爺さんに、50両包みの在り処も知らないふりをするばかりか、その爺さんを殺してしまう場面。芝居台詞にして、三味線(太田その師匠)が入るところ、カッコよかった!怪談としての怖さもさることながら、そこの芝居台詞は、よほど歌舞伎を普段から観て、勉強していないとできないと思う。

トリの「鰻の幇間」は、いつも楽しいのだけれど、今回は夏に聴いていないからか、これでもか!というくらいにオリジナルギャグをポンポンぶちこんできて、笑いの渦が絶えない、最高の「鰻の幇間」だった。騙されたと判ってからの一八の女中に対して悪態をつく量が半端ない!いや、いつもと同じですよ、と一之輔は言うかもしれないけど、テンションが違ったのかもしれない。爆笑でした。

10月27日昼 一之輔「雛鍔」「浜野矩随」/中入り/トーク 一朝×一之輔 司会:長井好弘/一朝「大工調べ」

一朝・一之輔親子会。トークは長井好弘さんが司会をしたおかげで楽しい内容に。「イッチョウ懸命にやります」のフレーズは二ツ目になったばかりのときに、偶然に生まれたものだとか。以来、半世紀近くやって、「これをやらないと気持ちが悪い」とか。

本来、親子会は弟子も真打になってからやるもので、そういう意味で「柳朝・一朝親子会」は、「残念ながら実現しなかった」。一朝師匠が真打昇進する直前に師匠・柳朝が脳梗塞で倒れたからだ。だから、披露目にも並ぶことができず、師匠も悔しがったとか。代わりに、可愛がってくれた談志師匠が並んでくれたのは嬉しかったと。

一朝・一之輔親子会は随分たくさんやっているけど、披露目の後から。50日間の披露目、最初の鈴本で一朝師匠が全部違うネタを演ったから、一之輔も違うネタにした。それが末廣でも続きそうになったので、一之輔の方が「もう、やめませんか」と切り出したという。後から判ったことだが、一朝師匠は50日間違うネタをできるように50演目書きだしたメモがあったという。すごい!

弟子はもう取らないそうだ。二ツ目に上がった朝枝で打ち止め。「全員の真打昇進の披露目に並びたいから」。柳朝と並ぶことが叶わなかった思いが滲む。

一之輔「浜野矩随」がすごかった!この6公演の中で、一番良い出来ではなかったか。三本足の野を翔ける馬は、親父が彫っていた。若狭屋は朝から飲んだ勢いで言い過ぎた。「親父の真似をしちゃダメだ」。死んでしまえばいいと言うのは母親。が、その前に私のために観音様を彫ってほしいと頼む。父の矩安は観音様は彫ったことがなかった。そして、一心不乱に彫った観音様を若狭屋は高く評価するが。慌てて家に戻ると母親は自害していた。以来、矩随は開眼し名人となる。この高座には心を撃ち抜かれた。

10月27日夜 㐂いち「引越しの夢」一之輔「つる」「たちきり」/中入り/一之輔「妾馬」

「つる」に一之輔ギャグ落語の真骨頂を見た。そして、一転して「たちきり」をしっとりと。ここに一之輔落語の広角打法、幅の広さを感じる。百日の蔵住まいを終えて、事情を番頭から聞いて若旦那は小久の元に慌てて駆けつけるが。小久が若旦那に振られたのではないかと傷心し、食べるものも受け付けず衰えていく様子がかあさんによって語られると、泣けてくる。

最後はおめでたい噺で終わろうと考えたのであろう、八五郎出世の噺。一之輔スタイルで笑いをまぶしながら、人情味をミックスするのは実に上手い。特に八五郎が物怖じせず、庶民の感覚を殿様周辺の人々にぶつけるのが共感を呼ぶ。落語はまさに町人文化なんだよね。