【渋谷らくご 10月公演】秋深し、隣もシブラク聴く人ぞ(上)

配信で「渋谷らくご 10月公演」を観ました。(2020・10・09~13)

10月9日18時 瀧川鯉八「石を投げれば」「サウスポー」「新日本風土記」「俺ほめ」

鯉八師匠、コロナ禍による仕切り直し真打昇進披露目を翌々日に控え、満を持したような、風格さえ感じられる自信あふれる高座。歯磨きをきちんとやって虫歯を未然に防げば歯医者は要らなくなるのではないかというアンチテーゼ。治すふりをして虫歯菌を増殖しているのではないか、そうでなければこんなに世の中に歯医者があるわけがないという、己の皮膚感覚による鯉八落語に酔う。

世界一剛速球を投げることができる才能を天から授かった男の物語、視点のユニークさは唯一無二。野球が嫌いな男が仕方なくツーアウト満塁サヨナラのピンチにライトのポジションのついたことで起こったドラマ。それが両親の馴れ初めだったという偶然の面白さ。そして、最後の父親の左手のピース写真が物哀しい。

50年米作りに捧げたじっさまと、それを支えたばっさまの夫婦の形が美しい。春夏秋冬、己が信じるこだわりの手法で不器用に生きる男の愛する妻への愛情表現。年一回迎える新米を食べる儀式は情熱と愛情の発露。そして、最後は鯉八落語の代名詞。俺を褒めたら、金平糖をあげる。褒める形容句のバリエーションが鯉八ワールド。寄席でトリが10日間取れる、本当の意味での真打であると思う。

10月9日20時 三遊亭好二郎「ちりとてちん」快楽亭ブラック「真田小僧」橘家文蔵「寝床」立川笑二「黄金餅」

好二郎さん、隣の稽古屋から聞こえてきた三味線の音を聴いて、命名。腐った豆腐に唐辛子を混ぜるのだけはやめろ、というのが死んだ親父の遺言だったと。匂いだけで卒倒する六さんが愉快。ブラック師匠、パートカラー時代のポルノ映画は途中で白黒からカラーに変わった。「詫びろ!土下座して詫びろ!」「誠に申し訳ございません!」、父子で半沢直樹ごっこが可笑しい。

文蔵師匠、独特の言葉遊びが随所に。「来るのか?来ないのか?」「来まスン」。「どーも」「お前はそば清か!」。キ、カ、セ、ロー!「民の声が聞こえませんか?」。「ちゃん、どこに行くの?・・・ギダタンには行っちゃダメー!」。「斎藤の婆さんは今年96で、ツンボなんだけど、旦那の義太夫が胸に貫通して、長屋で唯一、被爆者手帳を持っている」。

笑二さん、因果はめぐる演出が光る。貧民窟のような長屋の住人は皆、西念の貯めた金をわがものにしようと虎視眈々と狙っている様子がありありと描かれる。金兵衛はその上をいく。死骸を入れた棺桶代わりの樽を背負いながら、「俺は西念さんのことを本当の親父と思っていたよ。二人で臭い長屋を抜け出して、笑いながら暮らしたかった」と嘘八百を並べた独り言に、樽の中の死骸が返事をするのに大慌てするのが可笑しい。「生き返ったか!」と、息の根を止め、「地獄に堕ちろ!」。西念の貯金を全部せしめた金兵衛が今度は寝込み…。

10月10日14時 田辺いちか「安政三組盃 羽子板娘」立川志ら乃「無精床」古今亭文菊「締め込み」柳亭市童「らくだ」

いちかさん、先日に「間抜けの泥棒」を聴いたがその発端。出羽の殿様が羽子板に描かれた材木問屋の一人娘お染に惚れ、恋煩いというのもすごい。そのお染がバリバリの江戸っ子で気性が強いというのが魅力的。3年期限ということで奉公にあがったが、殿様のわがままでうやむやにされ、奥方からは意地悪をされ、ついには酒癖が悪いので酒は断っていたのに、奥方の作戦でやむなく飲むと、これが底なしの大酒飲みで・・・。挙句には殿様や奥方に対する啖呵の実に気持ちのいいこと。溜飲がさがるねえ。

志ら乃師匠、無精というよりクレージーな床屋の親方と小僧。カミソリ持たずに、バナナを持つって、意味がわからない。果物が豊富なギャグが新鮮。文菊師匠、心地よい。ウンか、デバか、ウンデバか。お福様は私の弁天様です。それが、お多福になっちまうのかい!殺せー!

市童さん、屑屋の三杯目からの豹変が見事。どうにもならない人を見ていると、黙って見ていられない性分でね。なにが死にゃあ仏だ!とらくだの生前の酷さを「兄貴分」(もはや立場は逆転しているが)にぶちまけるところ。刺青を見せて、この絵を剥がして持っていけエピソード、最高。「それくらいにしとけよ。釜の蓋が開かないんだろ」に、「どこの釜の蓋が開かないんだよ!やさしく言っているうちに注げよ!」。「俺は帰らないからな!・・・お前に煮しめじゃない、カンカンノウの煮しめだ!」。落合の焼き場まで、しっかりと。

10月10日17時 柳家花いち「宿へゴースト」神田鯉栄「鉄砲のお熊」隅田川馬石「粗忽長屋」古今亭志ん五「子は鎹」

花いちさん、怪談噺っぽい新作だけど滑稽な作り。10年前に死んだタカシとレイコが一緒に泊まった宿に、泊まることになった田中守はレイコの愚痴に付き合うことになるが。中島みゆきの「ファイト!」が途中に入り、笑えた。鯉栄先生、白鳥作品。歌舞伎役者・中村夢之丞こと時次郎と、女相撲大関・お熊ことおみつと、悪党・マムシの権蔵こと長吉の三者三様の物語が交錯して面白く聴かせる。幼少期に芽ばえた恋心と、現在の立場を弁えた上での思いの吐露。講談らしい台本に書き換えてあるが、もう少し地の部分があってもいいか。

馬石師匠、フラを活かした可笑しみ。人情噺や因縁噺に力を発揮する印象が強いが、師匠・雲助と同じく、こうした滑稽にも本領を発揮する。粗忽らしいキャラが炸裂するが、そこにわざとらしさはない。寧ろ、師匠はこういう人なのかも?と思わせるくらいの説得力。志ん五師匠、新作と古典の両刀で才を発揮する。地主のおぼっちゃんと独楽の勝負に勝ったのに、喧嘩をして傷をつけられた件、泣かせる。「親父もいないくせに生意気だ」「片親だからって、馬鹿にして・・・痛いだろうけど、我慢しな」。うん、うん。

10月10日20時 柳家緑太「Road to 阿智」「宮戸川」

緑太さん、文楽師匠とのエピソードを楽しくおしゃべりしたのがよかった。特に「看板のピン」を習ったときの「大分訛り」エピソード。お花半七はフレーズがぴたりと決まる。「おじさんは女払い棒を使うほどもてた」「野郎、安政2年にとりかかったな」「一つ違いは金の草鞋を履いてでも探せ。よい年廻りだな」。「俺は決めた。この話をまとめるよ」。さすが、呑み込みの久太。